第1章 軍人たちの教育システム
第6節 将校を育てる
(戦術は軍人の表芸)
有事になれば軍隊は法理外の"力学の世界"で行動する。戦術はこの世界における行動術である。この世界の行動は基本的に自由だから、すべて自分で判断しなければならない。その判断の基準は自分の"信条"と"戦いの原則"および"騎士道"である。
戦場はクラウゼヴィッツが名著「戦争論」において説明しているように"4分の3は霧の中"に包まれている。だから将校は霧の中の実体を推測しなければ作戦方針を案出することもできなければ、決断することもできない。
「名将に最も不可欠な資質は"想像力"である」(「リデル・ハートへの手紙」マッカーサー元帥、1959年)
想像力は創造力に発展する。このためには4分の1しか判らない情報を分析する能力が必要である。指揮官たるものは浜の真砂よりも多い無限の事実から決断に必要な根拠を見つけ出し、それを至当に評価して決断する能力を持たなければならない。
躊躇なく決断しなければならない状況に直面したとき、得られる情報は必要量の4分の1だから、戦況の進展のあとで決断が間違っていたり、ピントがずれていたりすることが発生することは常態である。結果論として決断を非難するのは易しい。指揮官はこのような愚かな非難に耐えなければならない宿命を持っている。
戦場の状況を分析すれば、いくつかの作戦方針案が浮かぶ。問題はどの案を選択し決断するかである。作戦方針案には、
◎ 安全性を第一に考える案
◎ 実行容易な案
◎ 大胆な案
◎ 後悔が少ない案
の通常、4種類が生まれる。戦略は安全第一の案を選ぶのが歴史の経験則であるが、戦術では大胆な案を選ぶ。一般社会では、実行容易で期待値が大きい案を選ぶのと大違いである。 そのためには戦場を一瞥しただけで戦場の要点と焦点を見破る"戦局眼(Coup d'Oeil)"と決断のための"冷静な勇気(Courage d'Esprit)"が不可欠である。
「指揮官は、あらゆる考慮事項を"公算"と言う光で直観する力を持たなければならない。そうでなければ多くの異論や見解によってカオスに陥る」(クラウゼヴッツ)
"剣道の名人と達人はどこが違うのか?"の質問は昔からよく議論されたものである。それは直観力であると言われている。
「直観力のない者は指導者として不適である」(「戦略」リデル・ハート、1954年)
例え直観力を生来のもとして持っていたとしても、あらゆる分野に働くわけではない。得意とする分野がある。さもなければ将棋の名人は碁の名人になってしまう。
"玉磨かざれば、ただの石"である。直観力も修練の結果、得られるものであり、練磨の職人が優れた美的感覚を身につけるのと同じである。
生来の直観力の少ない人でも鍛錬すれば、名人になれずとも達人の域には到達する。修練によって本能化するのである。
大胆な案は、通常、実行が容易ではない。しかし、
「激烈と大胆はしばしば通常の方法では達成できないことを達成する」(「政略論」マキャベリ、1517年)
戦術に絶対的な最良案がないのは経験則であるから、大胆な案には、危険な不利点が存在することは間違いない。
「大胆な人物は何でも引き受けるが何でもできるわけではない。しかし大胆と剛直は安全をもたらす。」(ナポレオンの金言)
大胆な案に内在する危険な不利点は、安全性の欠如という重要な問題を投げかけるように考え勝ちであるが、実は、その危険度を想定し、最悪の事態にとるための予備を準備するのは常識であろう。それを準備していなければ
「大胆は通常は正当であるが、賭けは通常、悪である」(リデル・ハート)
ということになる。大胆と賭けは紙一重なのだ。
"砂漠の狐"とあだ名された第二次世界大戦におけるドイツ軍の名将ロンメルが言うように、作戦目的に対する均衡が崩れるほど手段が弱いときには、思い切った"賭け"が必要なときも存在する。しかしそのときでも安全第一の案を決断するよりは賭けの案を決断し、結果を天運に仰ぐことがよいとするのが軍事史の経験則である。
「もし、戦理が諸君に進言するとすれば、戦争の性質は"最も大胆なものが、最も決定的なものである"ということである。大胆なくして軍事指揮官にはなれない」(「戦争の原則」クラウゼヴィッツ、1812年)
大胆な案を選択するということになれば、将校に求められるものは「冷静な勇気」である。
怒りは臆病と無能の産物で、実行できないとなれば、通常、怒りは恨みとなって心の底に沈殿する。しかし、恨みを沈殿させる受容性がないものは、最初に人間の条件を失い動物のように発狂する。いわゆる"キレル"状態になる。これは人間であることを止め、動物になったことにほかならない。
「俺は狂信的な人間は嫌いだ。頭の働きが閉じ込められている」(スキピオ"アフリカヌス")
大胆な案と狂気の案を峻別しなければならない。その道具が"冷静な勇気"である。
「余が部隊指揮官に求めるものは、事に臨んで常に冷静で分別力のある判断ができる人材である」(ウエリントン英公爵、1811年5月15日)
冷静になれば状況がもたらす情報について軽重本末を妥当に認識できるようになる。
「精神的要素と物質的要素の間に調和がとれていなければ戦争に勝てない。この平衡が失われた部隊は、如何に大軍であろうとも勝利はない」(「オルレアンの男」フォッシュ仏元帥、1931年)
戦況が指揮官の心にもたらすものは、勝敗不透明と言う重圧である。冷静な将校は戦況のわずかな変化に勝利の兆候を見出すことができる。
「戦闘では、少しの機動が決定的となり、勝利をもたらす瞬間がある。一滴の水が船を転覆させる平衡点があるのだ」(ナポレオン)
大胆な案の選択を第一とすることに反対する人は多い。それは必ず危険な要素を含んでいるからだ。しかし、
「"安全第一"は破滅への道だ」(英首相ウィンストン・チャーチル、1940年)
標語は人間の思考を束縛するが、それでも
「大胆、大胆、常に大胆であれ!」(米陸軍指揮参謀大学の標語)



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