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CNNニュース(日本語)
米国とUAEの核協定、承認遅れる 虐待映像が原因
注:実際にシェイク・イッサが虐待しているところを撮影したものが途中で流れます。
UAEにはUAE Nationalの気まぐれやまだほとんど定まっていない法律(建国38年)、そして適当な罪を作られた冤罪の囚人も数多くいます。
Nabulsiの話(和訳)
アメリカ人のBassam Nabulsiは、ヒューストンのビジネスマンで アラブ首長国連邦のロイヤルファミリーのSheikh Issa Bin Zayed Al Nahyan(Issa族長)のビジネスパートナーでした。Issa族長はアラブ首長国連邦大統領Sheikh Khalifa Bin Zayedと皇太子Sheikh Mohammad bin Zayed Al Nahyanの弟です。
Nabulsiさんは関係を通して、Sheikh Issaが関係する経営責任者やパートナーを含む誰にも意見の相違を期待しないということを知りました。Nabulsiさんは関係が進むとSheikh Issaがさらに攻撃的で寛容でない点に気がつきます。
本当にSheikh Issaの気分が暗くなると、彼は気にくわない従業員か誰かを拷問する習慣を始めました。2004年に彼の父親(アラブ首長国連邦の父であり尊敬された初代大統領)の死後、これら拷問セッションはより残忍で悪質な血みどろのものとなりました。彼の性的倒錯が増加するのに従い、Sheikh Issaは拷問セッションを録画させ始め、後でそれらを見て楽しめるようにしました。Nabulsiさんは猛烈にSheikh Issaの振る舞いを非難し、そのような行為に決して参加しませんでした。
Sheikh Issaの数多い拷問の犠牲者のひとりは、Sheikh Issaとビジネスをしていたアフガニスタン人のMohammed Shah Poorでした。Mohammed Shah PoorがSheikh Issaの不評を買った後、Sheikh Issaは45分以上も個人的にMohammed Shah Poorを拷問しました。拷問はアブダビ警察の警察官によって手伝われました。拷問はMohammed Shah Poorがひざまずく正面の地面へM-16を撃ちまくり、口の中で砂を詰め込み、繰り返し釘を彼の臀部に突き刺し、釘のついた板でぶって、繰り返し出血するまで頭や臀部を殴ったり蹴り上げたりし、傷に塩をもみ込み、陰嚢により液体燃料を注いで、火をつけ燃やし、肛門に牛追い棒を刺し、Sheikh IssaのメルセデスSUVで引き引きずりました。これらは今は習慣になっているSheikh Issaの意向で、拷問セッションはビデオ録画されました。
拷問セッション直後、Sheikh Issaの側近メンバーは死にもの狂いでNabulsiさんに電話をしました。その呼び出しの間に、NabulsiさんはMohammed Shah Poorの拷問について、そしてSheikh Issaが負傷の酷い犠牲者が病院へ連れて行かれるのを許すことを拒否しているということを知りました。Mohammed Shah Poorが死ぬかもしれないことを恐れ、Nabulsiさんは電話でSheikh Issaに病院への搬送を嘆願しました。Sheikh Issaは最終的に必死の要請を認めましたが、これにより2人のビジネス及び個人的な関係の終焉の始まりとなりました。
Sheikh Issaの個人的にもビジネスでもマネージャー兼パートナーであるNabulsiさんは、Sheikh Issaのすべての重要なビジネスと身の回りのアイテムを保管しました。そのようなアイテムのひとつははSheikh Issaが関わったことを示すMohammed Shah Poorの拷問ビデオと同様の他の拷問セッションと他の犠牲者の数個のビデオテープでした。
パートナー関係が悪化し続けていたときに、Sheikh Issaは拷問テープを検索するのに必死になりました。終いにアブダビ警察と共に影響力を主張することによってSheikh Issaは2005年4月にNabulsiさんを逮捕させました。しかしながら、告訴も何もありませんでした。単にSheikh Issaがそうするように指示したので、警察はNabulsiさんを捕らえました。
告訴もないのに逮捕後Nabulsiさんは勾留されました。Sheikh Issaの指示で警察署は拷問テープを見つけるためNabulsiさんの住居を徹底的に捜す努力をしました。さらに、Sheikh Issaの関わる拷問の証拠を含むかもしれない装置と共にNabulsiさんのコンピュータのすべてが押収されました。
そして、Nabulsiさんの投獄を正当化する試みで、Nabulsiさんに対してSheikh Issaはマリファナ所持の誣告を作りました。もちろん、Nabulsiさんの家からマリファナは出ず、薬物検査の結果もネガティブでした。
Nabulsiさんは3カ月閉じ込められ、そこで看守から偽マリファナ告訴はSheikh Issaとロイヤルファミリーで兄弟のSheikh Nasser bin Zayed Al NahyanとSheikh Saif(内務大臣及び警察長官)が起源だと知らされました。
監禁中に、アメリカ大使館は、Nabulsiさんの援助に来ようとしました。大使館は監禁の理由がNabulsiさんとSheikh Issa間の個人的の論争だと警察署で知られていました。
米国大使館の努力にもかかわらず、Nabulsiさんは刑務所に閉じ込められました。そこでは、彼は絶え間なく拷問されました。 毎日、Sheikh Issaの指示で、看守はNabulsiさんとの「セッション」を催し、即死と極端な痛みで彼を脅します。 拷問テープで見たので、警察に対してSheikh Issaの影響と同様に虐待能力があることをぞっとするほど知っていました。
また、投獄の間、Nabulsiさんの妻と子供の安全は繰り返して脅かされました。 これらの脅威はすごい圧力をNabulsiさんにもたらしました。さらに、彼の個人スタッフのメンバーは何日も食物も水なしで人質として監禁されました。Nabulsiさんは、彼らの死に脅かされました。
Sheikh Issa自身は拷問セッションのいくつかを行いました。そのようなセッションの間、Sheikh Issaは、拷問テープの位置に関して幾重に尋ね、Nabulsiさんが殺されて、Nabulsiさんの家族とスタッフが殺されると繰り返しビジネスパートナーのNabulsiさんに言いました。
テープを諦めるようにNabulsiさんを精神的に壊すための努力の助長で、Sheikh Issaはアメリカ人に攻撃的で敵対的であることが知られていたアフガニスタン人やイラク人の囚人をNabulsiさんの小さい牢に置くよう警察に命令しました。そして、Sheikh Issaは警備員に囚人の前でNabulsiさんがアメリカ人であることをなじらせるようにしました。
Nabulsiさんの刑事責任は最終的に裁判に持ち込まれ、マリファナ所持の全告訴は免除されました。それでも無実が法廷で立証された後でさえ刑務所に閉じ込められました。最終的に、米国大使館が再びNabulsiさんの釈放を強制するために介入しました。神の恵み、そして米国大使館と彼の家族からの助けで、Bassam Nabulsi はアラブ首長国連邦から逃げることができました。
現在、Bassam Nabulsi は世界がこれまでに見聞きし中で最も冷酷な処置を示すいくつかのビデオを所有しています。これらのビデオはサイトの最後で発表されます。Sheikh IssaはU.A.E.大統領とU.A.E.の皇太子への弟として、彼の非人道的な行為に責任があると見なされませんでした。
アラブ首長国連邦へ旅行する人やアブダビでビジネスする人へのメッセージは明確です。注意してください、非常に注意してください。
警官や軍隊での拷問はどの国でもありそうで驚きは少ないと思いますが、ロイヤルファミリーなのに顔が思いっきり映ってる拷問テープがあるのはかなり驚きました。2008年6月連邦訴訟中でアメリカの各紙で記事になりましたが、もちろんUAEからはアクセス禁止です。アラブ圏ではイスラム教に反するポルノや都合の悪い情報は流れません。インターネットに関しては経済発展が著しいアラブ首長国連邦(UAE)では、特別にネット監視を弱めた「特区」を設置し、外国企業を誘致しているそうですが、日本に比べて規制はかなり厳しいものです。このサイト(日本語)によると例の証拠ビデオはUAEでも2日間ほど見れる状態だったそうですが、すぐブロックされてYou Tubeでも見れていたのにブロックされたそうです。UAEで無罪なのに逮捕なんてあり得ないと峯山氏を非難した現地に住んで働く人々はまだ本当に何も知らないのかもしれません。報道の自由ランキング2008年版では69位だったようです。(昨年、UAEの英字新聞で144位のシンガポールへの非難が書かれた記事を読みました。北朝鮮172位やサウジアラビア161位などと比べれば断然マシだと思われていますが、UAEも非難できる立場なんでしょうか?)
ロイヤルファミリーといっても日本の皇族の方々とは大きく違います。呼び方こそHighnessとつけて呼びますが、部族の酋長の域を脱していないのかもしれません。(侮蔑的だという言葉もありますが、中国語ではアラブ首長国連邦は阿拉伯聯合酋長国としている。)



