イスラム離反者として名高いアヤーン・ヒルシ・アリの著書THE CAGED VIRGINには女性に自由の精神を持ってもらいたいという意見がこめられている。もちろん彼女の著書の他にもイスラムの女性解放についてはイスラム教国内でも非イスラム教国内でもベールの着脱とか就学率の問題とかで盛んに報じられている。ただしそれは比較的やんわりとした内容で、攻撃的にそして直接的に預言者ムハンマドやイスラム教徒を批判はあまりしない。
宗教の冒涜ほど怖いものない、それはイスラム教でなくても原理主義とか過激派と呼ばれる人がいるように命に関わるものである。アヤーン・ヒルシ・アリはそれでもイスラムにおいての女性の置かれる立場の改善と自由をムハンマド批判をしながら主張し続ける。イスラム教の女性は自由もないし成功もできない。彼女に言わせればイスラム教は時代遅れの現代にそぐわない信仰であり、イスラム教には女性に必要なことが欠けているという。
さて本当にイスラム教の女性は不幸なのだろうか?また非イスラムの女性はムスリム女性に比べて幸せなのだろうか?ほとんどの日本人には生活が宗教に強く左右されるという経験がなく、神の存在を信じ、怖れ、○○教を信じている自分が選ばれるべき(救われるべき)存在だとか信じているから神のご加護を受けられているとか思う日々を過ごさないのでこの判断は非常に難しい。
あなたは神を信じますか?
そもそも神様とは何だろうか?wikipedia神には人間の及ばぬ知恵・知識・力を持つとされる存在の一種で、人間を含む生命やこの世界そのものなどを創り出した存在とある。ユダヤ教・キリスト教・イスラム教は全て預言者アブラハムの宗教的伝統を受け継いだ一神教である。つまりアブラハムの宗教の教徒にとっては歴史とは神による創造と人類の救済という目的の救済史である。キリスト教のシオニズムによるアメリカの行動は、聖書の通りにすることにより本当に自分たちは救われると考えているからである。だから信者は聖書に従い、異教・異宗派を排除したり改宗を強制したりする。
イスラム教の聖典はクルアーン(コーラン)であるが、40歳くらいのムハンマドが大天使ジブリール(ガブリエル)からアッラーフ(神)の言葉を授かり後に聖典にされたものである。クルアーンにはアッラーフの絶対性と全知全能性が記されており、アッラーフより派遣されたムハンマドを使徒であり預言者あることを宣言することでイスラム教徒とする。イスラム教徒にとってはキリストも使徒の一人でしかなく神の子ではないのと同じくムハンマドも人間である。
アヤーン・ヒルシ・アリはイスラム教の喜捨の精神等には理解を示しているが、文中で度々ムハンマドに対して批判的に疑問を投げかけている。特に女性に対しての扱いを話す上でムハンマドは西洋の感覚でいう変態男だと言っている。これには学生の妻であるZaynebをアラー(神)がそうした方がいいと言ったので盗ったり、親友の9歳の娘Aishaに対してアラー(神)がAishaはムハンマドのために準備されたとして愛する。親友は「娘が大人になるまで待ってくれ」と言ったが、彼は待てなかったそうだ。
性とイスラム
イスラム教の家庭では夫による妻への暴力が当たり前なのだろうか?男だからどうしなさいとか女だから何したらいけないというのが多いように見られるイスラム教であるが、コーランが正式に訳されていることはほとんどないので非イスラム教の国ではよく知られていない。キリスト教の宣教師があちらこちらで現地語訳して布教するのとは違い、アラビア語が分からないとなかなか確かめようがない。中東地域以外のイスラム諸国がこのアラビア語経典をどの程度理解し、どのように解釈しているのか疑問である。
家庭内暴力の容認か否か?クルアーンの原文(預言者ムハンマドの言ったらしいこと)は非常に微妙である。打てとは書いているけどそれがボコボコに殴ることを意味するのだろうか?少なくともアヤーン・ヒルシ・アリの証言ではイスラムでは夫による家庭内暴力があり、それは性的暴行でもあるらしい。強制的に見合い結婚させられて初夜をファミリーの期待するようにこなすことはアリに言わせればレイプである。
しかし結婚した後であればそれをレイプと呼ぶことはできない。アリが問題としているはイスラム社会ではヴァージン信仰があるのに婚前のレイプがあるということである。婚前にレイプされた場合はされた女性が死刑やムチ打ち刑等の罰を受けるのがシャリア法なのである。だからレイプされたとしても警察に行かない。警察に行かなかったところで家族にバレる、結婚できなくなる...そうなると今度はその女性は家名を汚したとされ家族(特に父親によって)殺されるのである。婚前や婚外の行為に対して行なわれる名誉の殺人とされるこの行為は中東を中心にイスラム教国(特にパキスタン)で多く行なわれているらしい。ただし名誉を守ったとして殺人者が英雄となることをムハンマドが奨励したものなのであろうか?
名誉の殺人も女子割礼もイスラム教普及以前からの民族風習である可能性は高い。コーランには人名よりも名誉を優先しろとは書いていないが、結婚したパートナー以外の性交渉は認めていない。ただしそれは女性のみではなく男性にも課せられたものである。アリはソマリアのムスリムの知識不足を問題視している。ある少女は彼女(医者との間の通訳)に「私は妊娠していない、ヴァージンだもの。」と言われる。またAIDS陽性の男には「オレはならない、俺はムスリムなんだ」と聞く。彼らは性教育を受けていない。ヴァージンが厳格に守られるべきはずのイスラム教でレイプや性感染症が多いのも性教育をしないからだとアリは考える。病気はキリスト教徒とホモセクシャル(ゲイ)と無神論者がなるもんだ、ムスリムとソマリア人はならない...そう思う人々のことを著書では言及している。
離反したいムスリム女性のための10ヵ条
1.自由は選択である
ムスリム女性が自由を求めるとき、それは彼女が家族等を失うことになる。リスクなしのイスラム教回避など難しい。アヤーン・ヒルシ・アリはムスリム女性の離反後に考えられる全てのリスクをリストにしなさいと書く。家族の名誉を傷つけることになるので父親が親族の中でも重要な人物であればあるほどリスクは高い。親族に男が少なければ少ない方が離反計画には良い立場であるが、女性のゴシップの力もなめてはいけない。男も女も離反者に対しては厳しい。離反計画を長く隠し通すことができるのか?離反までの平和のためにスカーフを被り続けれるか?何時間かあなたがいなくなっても家族がそれに気づくかどうか?両親のご機嫌取りができるか?...一度イスラムを離反すれば家に戻ることはできない。たとえそれがほんの少しの間であっても家には危険しか待っていない。重要なことは「あなたは本当に離れたいのか?」と自身に聞くことである。
2.信仰
今まで神を信じ、頼ってきたものにとってそれを捨てるということは大変なことである。ある宗教にハマッていた人が例えその宗教を退いてもまた違う宗教を信仰し始めるような感じかもしれない。ムスリム女性は離反後に自分の行動に疑いを抱き、怖れ、後悔するだろう。アヤーン・ヒルシ・アリはそんなときは自分の中に信仰を持ちなさいと説く。そして警戒し批判的に見定めた信頼できる他の人(これは離反者の自分の独立を支援してくれる人でなければいけない)を信じる。もう二度と家族には会えない、家族がどのように生きて欲しいかではなく自分のために決めた生きる道なのである。
3.友達
信用できる友達と親密な関係を持たないといけなく、親友なしでは生き残れない。離反前に良い友達を見つけなければいけないが、イスラムコミュニティーに属する友達は本当に支援してくれないかもしれないし、誰かに計画を話すことは大きなリスクを伴う。新しくできた友達はムスリム女性とは違う意見を持ち、最初は理解してもらえないかもしれない。正直になる必要がある。
4.住所
家を飛び出したら住む所が必要になる、お金がないならルームシェア(できれば女性)を希望している人を見つけるか学生となることができれば学園都市付近の学生の宿泊所が安い。家を得るために学生になるのは変な理由だが、学生になることで生活に必要な資格や知識が得られるのはいいだろう。基本的にイスラムを捨てるのは家出と同じである。日本でありがちな「うちの娘はキリスト教なんですよ。」というような状況にはならない。
5.安全
もし離反後にイスラムのファミリーから脅されたりするならムスリム女性はできるだけ両親から遠いところに住む方がいい。都市には女性のためのシェルターやメンタルヘルスのサービスもあるようだ。家族から身を守る為にも自分が危険にさらされていることを知り、誰からも住所を知られないようにしなければならない。
6.収入
離反前にどのように生計をたてるのかを決めなければいけない。働き口はもちろん、学生になりたいのであれば学生奨学金に申請しておかなければならない。就職先や市民権の確保に遅れていては計画はうまくいかない。将来自分が生きるべき場所での準備は家にいるときから始め、できるだけ借金をするのを避けなければならない。お金に関しては神経質になることも重要である。イスラム教徒と言っても離反計画を立てるのは中東のお金持ちのお嬢様(ムスリム女性)ではない。この本で言うところの虐げられているムスリム女性とはソマリア等の決して喜捨をする方と言うよりはされる方のムスリム社会に生きる女性であることが本から伝わる。
7.教育の機会
アヤーン・ヒルシ・アリがそうしたようにパートタイムの仕事に就きながら勉強し、自分の価値を高めることを彼女は勧めている。書けない読めないよりは後の仕事や生活にもかかってくるのは当然である。お酒を飲まないでも生徒として出かけたり組織に参加することで社会的なエチケットを知ることができるとすすめる。
8.あなたの財産
秘密で家を出るのだから家具等の大きな物は持っていけない。財布、貯金箱、小切手、通帳、少しだけの写真を持っていくのを忘れてはならない。あとパスポートは絶対に忘れてはいけない。新しい場所では新しく揃えなければいけないのである。
9.心理状態
家族に会いたくて寂しくなるだろう。ムスリムにとって1.神様(アラー)2.預言者(ムハンマド)3.家族(両親)というのが聖典に含まれている。親はイスラムを離反した子供ではなく神(イスラム教)を取るべきなのである。
10.第一歩の瞬間
全ての準備が整い、いよいよ家を出る日がくる。今日の夜からは新しい場所で眠るのである。まるで家出のススメのような10ヶ条であったが、属する所を離れるというのは動物にとって大きな挑戦であり、リスクに対する覚悟がいるものであることを忘れてはならない。アヤーン・ヒルシ・アリは自らをその成功者として後に続く者を激励しているように見えるが、失敗をしたらまた機会があるほど甘いものではない。
アヤーン・ヒルシ・アリは、同性愛者の自由がないのも、少女が性奴隷として売られるのも全部イスラム教と関連づけている。とにかく遅れたイスラム信仰をしている限り、西洋のように自由で進んだ社会にならず、女性は実に可哀想な立場に置かれているというのである。ただしそれは彼女の見てきたイスラム社会が特にそういった地域でありコミュニティであったのだろう。そして彼女はオランダやアメリカの女性達の生活に魅せられたのだろう。自分で自分のお金を稼ぎ、自分の生涯のパートナーは自分自身で決め、自分の友達は自分で選び、自由な独立した人間としての権利を持つ。「自由の国」での多発する問題点はあまり書かれていないのがこの本である。オランダという国はよく知らないが、イスラムに比べれば自由に生きる女性の多い日本やアメリカをイメージして欲しい。私達、彼女たちは自由のもとに起こる問題を抱えていないのだろうか?アヤーン・ヒルシ・アリの著書はどこかしら反イスラムの人々のために書かれたようなニオイすら感じるのが残念である。それにドバイのショッピングモールで見かける威張ったムスリム女性と同列にしてムスリム女性が可哀想だともイスラム教が悪いとも思わないが、本来抜け出せない場所から離反するということへの勇気と覚悟は立派だと思った。



