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イスラム離反者1

イスラム教とは唯一絶対の神アッラーを信じ、神が最後の預言者であるムハンマド・イブン・アブドゥラーフを通し人々に下したクルアーン(コーラン)の教えに従う一神教である。

幼い日本人の子供にイスラム教徒ってどういう人達なのか?と聞かれれば、大人は簡単にこう説明する。「お酒を飲まなくて毎日お祈りをして豚を食べない、布を被った人達よ。」そしてもっと大人になれば男女の交際や関係について、いかに日本や西洋と異なるのか?などを知る。特にシャリア法(イスラーム法)が厳しく遵守されるサウジアラビアやイラン、アフガニスタン等の事件を知れば知るほど、文化に距離があるならばその遠さに驚く。

多くの非イスラム女性は、強姦された女性が姦通罪で死刑となったり、女性の就学制限、セックスで快感を味わえないようにしてしまう女子割礼、婚前・婚外交渉において名誉の殺人として女性の父親や男兄弟が家族の名誉を守るために女性を殺害する風習(名誉殺人)があったりすることを知ると、イスラム女性に対して心から同情してしまうのではないだろうか。そして多くの非イスラム教徒はイスラム教は男尊女卑の典型であり、我々非イスラム教徒の女性がいかに自由で解放された存在であるかを確認する。

ところが、私達にとってキリスト教や仏教でも信仰の種類がいろいろとあるようにイスラム教にも解釈は多数ある。クルアーンの教義において断言されていないことでも土地の土着信仰やイスラムの伝統的な価値観と照らし正しいと信じ込んでいるものもある。

最近読み始めた本に"THE CAGED VIRGIN"というムスリム女性の解放を謳った本がある。これは元イスラム教と言おうか(実際にはイスラム教を捨てたものには死がもたらされるらしいが)イスラム離反者の女性著者アヤーン・ヒルシ・アリの本である。

反イスラム教の人間にとってはこれ以上ない可哀想な「ムスリム女性は解放されるべき」という自らの主張をサポートする本でもある。彼女の言っているようなイスラム教の勢力下にある女性がいることは事実であり、彼女の出身地ソマリアを含めたアフリカ・アジアの諸国では危機に曝されているムスリム女性がいる。

ただしイスラム教が、批難すべき時代錯誤な宗教であるというのはおかしいような気がすることもある。実際にイスラム教徒の人口は急増しており、2050年頃には今キリスト教徒が世界中にいるようにイスラム教徒がいる光景が見られると言われている。

"THE CAGED VIRGIN"で著者は、最初に自らの略歴を載せている。アヤーン・ヒルシ・アリはオランダの国会議員として知られているらしい。しかし私は彼女について何も知らなかったし、読み始めたときはアメリカ人っぽい人だなぁ、絶対にアメリカだ...と文面から勝手に予測していた。

単なる女性人権運動の類の本だと思い読み始めたのだが、その第1章でまず非現実的な波乱万丈人生と彼女がどういう人物なのか気になってしまい先に調べることにした。そして彼女がムスリム女性として教育改革をしている者ではなくマホメッドを否定する離反者として女性解放運動していると知った。イスラム教徒なのにこっそりワインを嗜んじゃうような人は知っているが、真っ向からムスリム批判を武器に活動する欧米化した女性アヤーン・ヒルシ・アリには非常に驚いた。

アリはソマリアに生まれ、アリの父ヒルシ・マガン・イッセは独裁社会主義のモハメド・シアド・バーレに反対するリーダーとして有名であった。そのため1975年頃アリ6歳の時家族はソマリアを追われ、父についてサウジアラビア・エチオピアを経由してケニアへ辿りつく。サウジアラビアで3年過ごした時も彼女の父の政治的活動により追い出された形であった。エチオピアには歓迎され受け入れられたが身の危険を感じケニアに移ったのである。アリはケニアではナイロビにある英語ムスリム女子中等教育学校に通い、その後1年間ナイロビにあるバレー秘書専門学校の秘書コースで学ぶ。22歳の若いムスリム女性として成長した彼女に父は甥であり彼女の遠い従兄弟と結婚することを強制する。

イスラム教では婚前の女性のデート(お茶をしたり映画を見に行ったり)が禁止されているということを日本でも教わるだろう。そしてそれ以前に服装の規定を厳格に守れば顔さえも見ることができない。敬虔なムスリムの妻として母として家庭に篭りがちで活動を制限されることは孤独なことだとアリは思ってドイツへ渡り、カナダで挙式を行なう予定であったが、ドイツでは婚礼を拒否してオランダへ逃げる準備をすすめる。

彼女はオランダの施設で多くの仕事を経験し、オランダ語や社会福祉を学びはじめ通訳となる。彼女は6ヶ国語をマスターした。2000年までにレイデン大学で政治学を勉強、政治学の修士号を取得後は今まで信じてきたイスラム教について迷いが出てくる。それから2001年オランダ人のムスリムが9.11の攻撃を祝福することに強い衝撃を受けた後、アリは多くのTVや記事でイスラム批判を始める。それからオランダの国会議員として労働党、後に自由党へ転属し国会議員として働く。

『私はイスラム離反者』 アヤーン・ヒルシ・アリ

BBCの報道では家族は今もドイツやケニアで裕福に暮らしており父親の暴力や強制的な結婚はなかったと家族に証言されている。開放を訴えられているムスリム女性からも彼女の行動は嫌われることがあるようだ。オランダ国籍取得のいきさつなどに関しては彼女も嘘をついたことは認めている。オランダ入国の理由、名前、誕生日等をごまかしソマリアから直接来た亡命者保護に申請し3週間でオランダ居住許可を取得していたのである。情報を偽り亡命保護申請し取得したオランダ国籍を剥奪するべきだという世論が移民担当省フェアドンクをはじめ高まったが、アメリカエンタープライズ研究所(以下AEI)の代表クリストファー・デ・マスは喜んでアリをアメリカに迎え入れることを発表。

米国の副ロバートゼリック国務長官は「我々は彼女が非常に勇敢で印象的な女性であると認めます、そして、彼女は米国で歓迎されます。」と語った。彼女は虚偽の申請を認め、今アメリカへ移り保守的なシンクタンクのメンバーの一人となる。文章を読み始めた私が彼女からアメリカを感じたのは対イスラムを正当化したいアメリカ政府に歓迎される人物だったからだろう。

アリはムスリム女性の開放運動を展開、2005年には多くの賞を受賞し、雑誌TIMEでは世界に影響を与えた100人に選ばれている。クリトリスを切除され、父親から暴行を受け、ユダヤ人の全滅を祈っていた少女がイスラム教に反旗を翻したというのが彼女のスタンスだが、イスラム教への誤解や虚偽もある。

イスラムの女性が全員割礼を行なっているわけでも、教育を受けていないわけでもない。ムハンマドは「女は勉強すんな!」とも「女は割礼すりゃ処女性が保たれるんだよ!」とも言っていない。ただしコーランも分からずにイスラム教なんだからという理由でこれまで行われてきたことを「ムハンマドの教え」と信じ、実践している人々がいる。

彼女はムスリム社会にありもしない嘘をついていたわけではない。何が真実で何が嘘なのか?誰が彼女の存在を得とするのか損とするのか?本当の意味で苦しむ女性を助けることとはどういうことなのかを考えさせられる本だった。

世界には危険な任務につく者がたくさんいる。日本でも有名な画家ゴッホの弟の孫Theo van Goghはアヤーン・ヒルシ・アリの脚本を元に短編映画"Submission"を手がける。彼の父親はオランダの諜報機関"AIVD"のメンバーだったそうだが、2004年アムステルダムでアヤーン・ヒルシ・アリ等への脅迫文と共に惨殺遺体となった。既に何度も命を狙われ、もうイスラム教国には戻れないアヤーン・ヒルシ・アリの本"The Caged Virgin 閉じ込められた処女"の内容について後日書きたいと思う。

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