1.蟻とキリギリスの寓話より
日本にいるとどうしても理解しにくいが、ロシア人と日本人の根本的な人生観の違いを示す、ひとつの好例がある。私が偶然読んでいた「美学」の本の中にあった非常に凡庸にも思える話に、そのヒントはあった。
世界中でも最もよく知られている童話作家イソップの話に「蟻とキリギリス」がある。ほとんどの方が、ご存知なのではないかと思う。この話など、今更ここに書くまでもないだろうが、一応手短に流しておく。
働き者の蟻と、怠け者のキリギリスがいた。暖かい季節の間、キリギリスはフラフラと遊びまくり、一方の蟻はせっせと働いていた。そのうちに厳しい冬がきて、蓄えのある蟻は助かったが、働かずに怠けていたキリギリスは冬の寒さの中、食べ物が見つからず、蟻に助けを求めるが、断られてしまう。
たしかこんな話であったが、結末には多少パターンもあるようなので、必ずしも、どの国でも同じようにイソップの寓話を解釈しているわけではないのであろう。しかし、日本とロシアでの解釈の違いを見れば、かなり驚かずにはいられないものがある。
たいていの場合、日本では「蟻のようにちゃんと将来のことを考えながら、地道に努力をしておけば、やがて来るべきときが来ても困らない」という教訓を編み出す話として、取り上げられることが通例に思われる。
しかし、ロシアではそれとは正反対というか、まったく異なる解釈を加えているのだ。ロシア人の感覚では、「困っているキリギリスを助けない蟻は悪人」であり、「遊ぶべきときを遊んで、人生を満喫したキリギリス」のどこが悪いのか?むしろ、楽しむべきときを楽しむのは、正しい!むしろ、それを助けないで自分たちだけで結束してしまう蟻の精神というのは、非常に利己主義で冷酷なものだと非難するのである。
これだけを見た人なら、そんなこととロシア人の人生観との繋がりが一体どこにあるのかと思われるであろう。しかし、私の場合、少なくともロシアという社会で何年間か、かなりロシア人側にどっぷり漬かって生活していたお陰で、この話こそ、現代ロシアの社会問題の側面を象徴しているようにも思えてくるのだ。
一般的に、ロシア人を知らない人から見ると、図体が大きくて、いかつい無表情な顔をして、あまり笑いもしない、どこに腹のあるか分からない人々と思っている可能性が強いが、実は彼らは恐ろしいほど感情的で、喜怒哀楽が激しく、議論に熱し、情に流されたりしやすく、おそらく、ヨーロッパ人には有り得ないほど迷信深い人々である。そして、このイソップの寓話のキリギリスの如く、「享楽的人生」を良しとする。
その一例に、離婚率の高さがある。まず、彼らの人生において重要なのは、自分にとってのその場、その場の好悪の感情なので、若いときに情熱的な恋愛に走ったら、そのまま結婚へとゴールインしていく。そして、数年で挫折。あっさり別れる。この場合、大半がそれまでに子供がいれば引き取るのは女性。
そして、懲りもせずに数年後には又、どこかで新しい人を見つけて、さっさと結婚。こういうことを、3回くらい繰り返すのは全然普通で、誰もそれを非難もしないし、むしろ、堂々としたものである。イリーナ・ハカマダという日系ロシア人国会議員だった人などは誇りのように「それぞれ違う夫から三人子供を産んだが、私は好きになった男の子供は産まないではいられない」とテレビで誇らしげに話していたくらいだ。(ちなみに、彼女は非常に知性的で性格も日本の血が混ざっているからか、冷静で客観的な人だ)
もちろん、今の日本もだんだん離婚率は高くなっていると思うけれど、関心事の高さから行くと、おそらく「今日の恋愛」も大事とはいえ、年齢とともに「恋愛」よりも「年金」へと重大事が移る人がほとんどではなかろうか?
でも、ロシア人はどちらかというと、いくつになっても、恋愛にたいして見境や分別はなく、情熱があれば、自分が何歳だろうが、相手が何歳だろうが結婚する。ある意味、正直な分、幸せな面もあるが、崩壊したときのこととか、その後の生活がどうなるとか、「将来的計画」を無視して、暴走してしまうところがあって、まさに「キリギリス的人生観」なのだ。
一方の日本人ならば、よっぽどの芸術家だとか、個性的な人は別として、そこまですべてを賭けて恋愛して、「将来的計画」だとか、「蓄え」なんてどうでもいいと言えるのは、何歳くらいまでだろう?(むしろ、日本の場合、打算的な面が働いて結婚へ結びついていくパターンも少なくない)純粋でないといえば、そうも言えるが、社会全体で見ると、皆が「キリギリス」になった社会は明らかに不安定になってしまうというのが、ロシアの例で、残念ながら、日本もそれに近付きつつあると思うときもある。それでも、ロシアほど深刻ではないと思う。
というのは、一時マスコミを騒がせた「マンホールの中に住む子供たち」のほとんどが、そういった若年結婚カップルの親から虐待されて、田舎の町から電車で都会へ逃げてきた子供だというし、全体的な母子家庭の比率の高さは、明らかに社会が安定しない要因のひとつに思われるのだ。
もちろん、蟻が一面で冷酷と言われれば、そうかもしれない。ロシアにいるとき、非常に感じたのが、共産主義的な弾圧政権のもとで、非常に市民の団結意識が高く、顔も知らない人でも、困っている人同士は当然のように「助け合う社会」という面があることだった。
たとえば、女性が重い荷物を持っているとする。すると、全然知らない大きな体格の男性が近付いてきて、何も言わずに、その荷物を階段の下まで降ろしてくれる。あるいは、老女が重い荷物で困っているとき、迷わずに知らない若者に頼んで、途中まで運んでもらう。また、ときには雪道で転んでいる人がいれば、通りかかった人が、無言で腕を引っ張って、助け上げて去っていく。
こういうことが、私の滞在していた頃のモスクワでは当たり前のことだった。また、同じ共産圏の東欧の国々などは、今も市民は貧しいが似たような空気を残していて、なんとなく人々がお互いに困っていれば、助け合い、見返りを求めないところがある。これに関しては、たしかに「蟻社会」だとか、「蟻精神」というのは、非常に狭苦しくて、心も体も窮屈になるような生き方かもしれない。
だから、どっちが素晴らしいということはできないけれど、色んなものの見方があるんだという、反面教師的な感覚を磨く点では、「キリギリス感覚」も我々日本人の中にあってもいいと思うし、おそらく、これから冬の時代が来たときに、「蟻精神」と共に絶対に必要になってくるという気がするのだ。
2.「芸術は永遠なり」という感性
ロシアの芸術に関しては、日本でも、おそらく関心のある人の間では非常に高い評価を受けているものが多くあると思う。特に最近はドストエフスキーの「カラマーゾフ兄弟」が意外なほど読まれたりして、文学的な面からも見直しが進んでいるように見受ける。しかし、実際にロシア人の芸術家たちと同じ感覚で接した日本人の人数が限定的なことから、あまり彼らの持つ人生観については理解されていない気がする。
そのことは、毎回新聞記事を賑わせるロシア関連の暗くて頑なで憂鬱で時代遅れなほど共産主義的国家しか見えてこない現状と比べると、恐るべき違いなのだけれど、ここを借りて、ロシア人芸術家たちの代わりに是非釈明させて欲しい。
やはり、大陸、特にロシアの位置する地域の気候の過酷さというのは、行ってみたものでしか分からない。単に寒いとかいうだけでなく、そういう環境に応じてか、偶然か、歴史もまたロシアに暮らす人々に容赦なく襲い掛かってきたし、今だって、決して安定している人ばかりではなく、大半の人が「その日暮らし」に近い状態ではないかと思う面がある。
そんな日本に比べると安定しているとは言いにくい社会状況の中でも、とりわけ厳しい状況にあるのが芸術家たちなのだ。音楽、舞台、画家、彫刻家、役者・・・。ロシアの芸術家たちほど、純粋な人たちは本当に世界中探してもなかなかいないのではないかと思うくらい、精神的には豊かだ。しかし、ほとんどの現状は、経済的に見れば極貧の中に、たった一本の希望の「芸術」という蝋燭を灯して生き延びているといっても、過言ではないほど生活は厳しい。
モスクワでは、よく地下鉄などでヴァイオリンを弾く人を見かけた。他の楽器にしても、相当凄い腕の人が寒くて薄暗い地下道で演奏して、小銭を稼がなければならないほどなのである。あるいは、最近ではオーケストラの収入だけで暮らせない若い世代の音楽家たちが、夏場は裕福なドイツなどに移って、現地の地下鉄で演奏して、それこそロシアでの演奏活動が始まる秋からに備えるのだという。
たいてい9月からのシーズンになると、モスクワならば連日、10以上あるという個々のオーケストラが凌ぎを削って、毎晩毎晩どこかで演奏会を開いているので、練習量でも凄いものがあるだろうし、ボリショイ劇場だとか、海外公演をするような大劇場ならば、たいてい1-2は予備のオーケストラを待機させていて、海外公演中の穴を埋めるのだというから、それだけでもスケールと人材の多さに驚かされる。
また、日本では知られていないが、ロシア人にとって「芝居」というのは、人生において相当重要なものだし、特に「今首都で一番注目されている芝居」を見ていないような人は、どんな分野においても、真のインテリとは呼べないというくらいに、芝居を見に来る人の層が厚い。だから、科学者だろうと、数学者だろうと、政治家だろうと、演劇をテーマに話ができないロシア人なんていうのは、本人はかなり恥ずかしいと感じる可能性が高いといっていいくらいなのだ。(これは、実際に現地でロシア人の多くから聞き取りした結果なので、個人差はあるだろうが、モスクワのような都会では全体的にそういう傾向があった)
それくらい人気の高いロシアの芝居を支える役者たちというのがまた、過労な割には貰いが少ない。非常に有名で映画にも出演しているような役者たちですら、度重なる無理なスケジュールが元で早死にしたり、重病を患って、後遺症が残ったりするようなのが現実なのだ。これも、ソ連時代ならば、役者といえども一種の公務員のようなものとして、必ず確実に少ないとしてもサラリーが貰えたのだ。
しかし、ソ連崩壊後の社会状況の変貌で、劇場間の格差が拡大しており、国家やモスクワのお墨付きを貰わなければ、相当経営は厳しいようだ。よって、なかなかスポンサーのつかないような劇場は、事情は火の車。そもそもが、日本のように「独立採算制」の概念がなかった社会主義の時代には、「芸術で儲からない」という大前提もあってか、劇場関連のインフラなどは全面的に国家が面倒を見ていたり、いろいろと優遇されていたこともあったようだが、その代わり言論の自由はなかった。
今では自由になった分、いろんな海外の戯曲もできるし、外国の演出家との交流も盛んになったが、そういう派手なところに関係ない劇場は大変だ。たとえば、独立して役者や演出家でも個人劇場を所有しているような場合は、芸術家であると同時に経営者としての手腕も発揮しなければならない。「よい芸術よりも、よい収入(補助金)」という風になりがちである。
それでも、多くの芸術家たちが今でも、ロシアで座右の銘にしている言葉がある。「芸術は永遠なり」もしかすると、この言葉はどこかの国からの借り物の言葉で、ロシア発祥というわけではないかもしれない。それでも、この言葉と、実際に「人間の人生には限りがあっても、芸術というのは永遠に残る」という一種の信念があってこそ、お金にもならないことに身を削って、ささやかな喜びを人々と分け合うために今日も多くのロシア人が一張羅を着て、舞台に上がっていくのではないかと思う。
どんなことがあっても、彼らは舞台裏や、自分の生活での惨めったらしさは、絶対に舞台に上げない。そして、舞台というのは、上にいる人たちだけのものではなくて、むしろ、その空間と芸術を共有できる観客あってのことだというのが、現地の演劇学でも、常識中の常識で、演劇のみならず、舞台芸術全般にそれが厳しく問われる。そのような一種の奉仕精神から、芸術家の大半は非常に謙虚である。観客と同じ人間として舞台に立ち、同じ芸術を共有する仲間として、決して観客を「上から眺める」ようなことはしない。まさに、芸術というものの前で対等なのだ。こういう点では、ロシア人の芸術感覚の成熟度は高く、一般人であっても、愛好家の批評のレベルは相当のものなので、まったく馬鹿にできない。
長年演奏し続けてボロボロ、日本では学生でも使わないような代物であっても、ロシアの音楽家たちは、そんな楽器を使って、一流の演奏をする。そして演奏会が終わればまた、何年もの間着古してきた外套を着て、そそくさと雪の中を一般客に混じって帰っていく。かなり有名な人であっても、海外で儲けているような人を除いては、非常に慎ましい生活だ。
しかし、芸術という喜びを持つ彼らにとって、数々の苦難もまた試練なのだという風に、ロシア人の芸術家は、今日も飄々とあの大都会を切り抜けていっているにちがいない。
3.人間は「運命を受け入れるしかない」という発想
ロシア人の宗教観という点では、また別に考察してみたいと思うが、手短にロシア人が思いのほか、「潔く自分の運命を受け入れる」という意味で、「運命論者」ではないかと思う。こういう点、日本人もそういう人がいないわけではないのだが、傾向的にはロシアの方が明らかに、どんなことでも「運命」として受け取って、ある意味、あっさり諦める場合が多いようだ。
一般的に考えれば、自然や気候条件が厳しく、たしかに人間の限界を知り尽くしたロシア人が自分を取り囲む環境要因の中で、自然に「自分ではどうしようもないもの」が世の中にはあるということを、認めざるを得ないというのもあるのだろう。
しかし、私はそれだけでもないような気がする。たとえば、ある人が数年前に劇場占拠事件に、わざわざモスクワへ来て巻き込まれて亡くなった人があった。これに対して、ロシア人の多くが「それは運命だったのだ(仕方あるまい)」という反応をする。もちろん、多くなので、違う反応もあろうが、結構なにかの偶然に巻き込まれて死ぬというケースは、ロシアでよくあることなので、非常に淡々とそういう風に言う。けれど、彼らは現実的に人生を諦めているわけではないのだ。
むしろ、私の見た範囲では、そういう「どうしようもない運命」があらゆる人の前に立ちはだかっているからこそ、「挑戦的に生きられる」場合もあるのだ。必ずしもそうとは限らないが、日本人と比較すると、ロシア人の行動だとか発言というのは、あんなに抑圧された時代があった人々にしては、"大胆不敵"で"君子豹変"するように見える。
それも、ある意味、「運命主義」だからではなかろうか。一方で何かの結果を見ては、「運命だから仕方ない」と言いつつ、ロシア人というのは、その与えられた運命に対して、「したたかに反抗し続ける」ために、「最大限に自分の自由を生かす」ことができるのだ。そういう意味では、制約があったソ連時代の芸術が意外なほど魅力的であったことも「社会主義国に生まれる」という過酷な運命に対し、精一杯逆らって生きたからかもしれない。
そういう意味では、このロシア的「運命論」は決して、流されるだけのものではなく、その中で流れに逆らって生きることの意味を教えてくれるような気がするのだ。



