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「太陽に値段が付けられるか?」それがグルジアからの問いかけ。

もしグルジアが歴史もプライドもない国だったら、どんなに楽だったろうか?
今回の南オセチアでグルジアを巻き込んだロシアとの戦闘状態を知って
本当に心からそう思った。脳裏に多くのグルジア人の友たちの顔が横切る。
遠い国の戦乱にこんなに辛く感じるのも、彼らとの短い出会いがどれだけ
強い影響を自分に与えてきたかということに他ならないだろう。
とはいえ、大半の日本人にとってグルジアはあまりにも未知の世界でしかも遠い。

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さらに歴史的にもこの地域の複雑さは、本当に住んだことのない部外者が説明できる
レベルのものではない。そもそも、あれだけ狭いグルジアの中に存在する多くの民族文化が
いまだ同化されずにそれぞれが存在していること事態が驚くべきことだし、実際に
一度や二度行った人間にそれを語る資格はないだろう。

しかし、幸か不幸か南オセアチアから1990年代にロシアからの空爆で逃げてきた
難民の友達を持つ私としては、どうしてもここでせめて彼らの代わりに伝えたいことがある。
グルジア人が戦いに至った理由は決して小さなことではなくて、それまでに多くの代償を
払い続け、ロシアによって踏みつけられ続けられながらも耐え忍んできた結果でもあるのだ。
もちろん、ソ連崩壊時の混乱はロシア人にとっても同様に悲劇的なものだったし、
今となってはコーカサス地域の分裂と混乱、そして隣人同士が人種や信仰の違いだけで
殺し合うような地獄絵となったことは、はっきり誰が悪いと言えない面もある。

それでも、彼らは(グルジア人でもアルメニア人、アゼルバイジャン人その他の少数民族も)
皆それまでは仲良く暮らしてきていたし、ロシア人だってその中で決して嫌われてばかり
いたわけではないのだ。しかし、90年代初頭、ロシアによる南オセアチアの空爆で
追い払われたグルジア人の多くは帰る場所をアルメニア人やロシア人に乗っ取られ
(つまり不在の家など)、首都のトビリシでホテルや学校などに仮住まいして、
ほぼホームレスに近い悲惨な状態で何年間も暮らしていたのは事実である。

結局、ソ連崩壊後のどさくさに紛れてグルジアだった地域を「開放して独立させる」という
大義のためにロシア人が制圧して、そこにグルジア人以外の民族を住まわせて、
彼らによって「独立の意思」を代弁させたようなものなのだ。
私の友人の家族の場合は避難先のグルジアの首都トビリシで学校に暮らしていたようだ。
二人姉妹の妹は美しい顔立ちだが、なんとなくいつも表情が固く多くを語らない気がしていた。
そして彼女は常に頭にターバンを巻いていたので、不思議に思っていたのだが、
実はそれは空爆があったときからショックで髪の毛が抜けてしまって生えてこなくなったためだ
というのを後で聞いた。どれほど悲惨な体験だったのか語らなかった。
しかし、姉が日本の北方領土など領土問題に関心を示して大学院で研究していると
知ったとき、やはり自分たちの故郷のことが頭にあっての選択だろうと痛感した。

おそらく生活は豊かでなく、色々と物心共に大変だったろう。
それでも、日本人である私が自分たちの国に滞在している間、一生懸命世話を焼いてくれた。
驚いたのは夜に真っ暗な街頭で頼んでもいないのに見ていた芝居が終わるまで、
親子で外で待っていてくれたこと。治安が決してよくない国でそんなことまでして
外国人の私のことを心配してくれる、その気持ち。その優しさ。でも押し付けがましくなく、
慎ましい心遣い。どうして初めて会った人にそこまでできるのか?
グルジアの心の奥深さに打たれた。

実際のところ、今のグルジアは本当に貧しい。これだけ世界に出稼ぎに出て、
故郷の家族や親戚に仕送りしてくる外貨で持っている国も少ないのではないかと思うくらい、
外国送金を受け取る銀行は毎朝行列ができている。

それなのに、あまりにグルジア人はプライドが高いばかりに、ロシアとも正面からぶつかって
いったりするから、唯一の主力輸出産物だったワインすら去年は売り上げが非常に落ちて
しまったようだった。それに今回の戦争である。アメリカは道路の金くらいはくれただろうが、
全然あてにならないのに。

それでも、仮にロシアがどんな軍事力で抑圧してきても、グルジアのプライドを彼らの心の中から奪うことはできないだろう。

「武器を持たずに来た人は皆、歓待する。それがグルジアの伝統だから。」
そう言って家長として乾杯の音頭や演説を何度も何度も聞かせてくれて、
見たこともないような素晴らしいご馳走の山でもてなしてくれたグルジアの男性たち。
その堂々とした風貌と力強い一言一言にどれだけ感動し、
また人生だけでなく民族の誇りは何かを思い出させてもらったし、
私も日本人として恥ずかしくないように生きようと彼らを見て思った。

そして、何よりも私の心の中で「これぞグルジアのプライド」だと思ったのが、
トビリシの博物館にいた年配の学芸員女性の言葉だった。
そのイコン(グルジア聖教の聖像画に宝石を埋め込んだもの)は
戦争のときにグルジア国外に一度持ち出されて、それからここへ戻ってきた貴重なものだった。

その価値について、あるあまり頭のよくない青年がこう尋ねたそうだ。
「このイコンはいくらぐらいするのですか?」
すると、彼女はすかさず言ったそうだ。
「あなたは太陽に値段が付けられると思うのですか?」

そう、太陽に値段を付ける馬鹿がいるのだとしたら、世界も御仕舞いじゃないかと思う。
でも今の世界は、何にでも値段を付けたがる連中の方がまるで賢いみたいに君臨している。
そして、彼女のように本当に世の中で大切なものに値段を付けるなんてことが
いかにおこがましいかを悟っている人で、「太陽に値段が付けられるか?」と堂々と
言い返せる人間が本当に減ってしまっている。

でも、グルジア人は知っている。太陽に値段が付けられないように、
彼らの伝統と歴史と文化、そしてそのプライドには世界の誰も値段が付けられないのだ。

たとえ、ロシア人が歴史上一時的に資源を多く持ったところで、
彼らには本当に「値段が付けられない太陽のようなもの」があるのだろうか?

お金で買えないものを失ったとき、初めて人間は堕落する。
お金を失っても、プライドを失わない人間は決して本当に大切なものを失うことはない。
だから、グルジア人が仮に戦で負けても「負けたわけではない」と思うのだ。

殲滅戦が繰り広げられるグルジア戦域、そして、戦火はシナリオを超えて拡大する。

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