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大陸的慢心と約束不履行の国民性が墓穴を掘る

――ロシアの弱点を知り、いかにそれを利用するか?

最近のロシアという国家や、ロシア人に対する日本国内メディアの報道に偏りを感じている。 以前から特にこの国に対しては偏向報道というのもあるが、最近はむしろ過大評価も 目につくようになってきた。数年前までの共産主義国へのマイナスイメージのオンパレードを 覆すが如く、「金満、ビジネスチャンス、資源、プーチン政権の政治・外交手腕、 エネルギー資源を持つがゆえの海外での発言権拡大」等々。 「誇張された張子の虎」がひとり歩きしている気がする。 たしかに、ここ数年のロシアの変化は目を見張るものがあるが、果たして日本人が それほどまでにひれ伏さなければならないほどの「変わり様」がどこにあるのか? 資源を掘って横流ししただけの大金で世界の富を寄せ集めたところで、決してその富を 国民に平等に分配しているわけではなく、逆に一部の成金が「収奪」している。 帝政時代の歴史家が述べたロシアの社会状況と変わりない。要するに昔のままだ。 正直言うと、いきなり肯定的になってきたロシア評価にかなりの違和感がある。 もちろん、日本からビジネスでロシアを訪れる人は首都モスクワに行くことが多いだろう。 彼らが極東地方やその他地方都市を見る機会は非常に少ない。 そういう人たちが見る「ロシアの変貌」は、いかにも「良い方向への変化」と捉えられる かもしれない。でも、モスクワはそれ以外の都市のロシア人から見ると「外国」のようなもので 一種の侮蔑と羨望の眼差しを向けられている特殊な例に過ぎない。 たしかに90年代後半のモスクワといえば、大国の首都とは思えないほどレストランや 普通の店舗の数も少なく全体的に交通機関でも広告もあまり見かけないほどに かなり地味な様子であった。 それがここ数年で相当派手な広告やネオンで一変してきたし、ロシア人の大半が 縁のないような超高級ホテルが急増しても、まだ需要に間に合わないというくらい首都の 金の動きは早く、全体的な景気もいい。ついには世界の富豪が住まう都市のランキングに 入るほどになってしまったので、余計に誤解も生んでいる。 しかし、一方で表通りしか見ない外人には分からない一般人の生活ぶりというのは、 決して「以前より良くなった」ばかりではない。特に年金生活者や排斥されるコーカサス系や 旧ソ連圏からの出稼ぎ労働者、ジプシーなどは一体どうして暮らしているのか? こういった人々だけでなく、一般のロシア人の生活がどうなるのか不安になるほど物価も 高騰している。しかも交通網も以前より麻痺しがちで、自動車に乗ろうと、地下鉄に乗ろうと、 満員で溢れんばかりの人の波で皆イライラしているという。さらに、犯罪率も相変わらず特に 激減したという話もなければ、頻繁に中心部ですら火事が起こり歴史的な建物が頻繁に 全焼していく。地下鉄の広告も下品な上に所かまわず認可されていないような右翼団体の 広告が貼り付けられて、落書きだらけになった列車内を見て殺伐としていると感じずには いられない。かえってソ連時代の方が治安もよく清潔で安全だったと、年配のロシア人が 嘆いているくらいに急激に地下の環境も変化している。 十年ほど前、海外で評判の悪かった大酒飲みエリツィン大統領のときも汚職も賄賂もあったが、 それでも社会的な高齢者への手当てや公共料金の免除などはソ連時代のまま、なんとか 守られていた。しかし、プーチン政権になってからは、あらゆるものが資本主義的になった。 貧しい世帯にも電気代、水道代、電話料金など徐々に加算されるようになって、負担が増える 一方。なのに、年金生活者への無料交通パスもなくなり軍人恩給だって減らされている。 皮肉なことに勲章や赤の広場のパレードには招待されても、実際生活での退役軍人の扱いは お粗末なものだ。 たしかに、貧しい時代からロシア人というのは一般的に「自信過剰」としか思えないほど 「自分の国を贔屓目に見る」人が多かった。決してそれが悪いことだとは言わないが、ある面、 それが「根拠なき自己満足」に繋がっていく面はときどき感じた。要するに、「努力しなくても 世界で一番大きいロシアが当然世界で一番優れている」というような漠然とした妄想がある くせに、その国の国民として取るべき責任があるとは感じていないようなのだ。 いざ「過去の戦争犯罪」の話になると今度はまるで他人面。 「その時代はロシア人も大変だった。シベリアに抑留された日本人の中にはロシア人に 助けられた日本人捕虜がいるというではないか」とか、「第二次大戦で殺されたユダヤ人の 数に比べれば微々たるものだ」というような、極端な例を引き合いに出してきて 「反省すべきは我々でない=我々こそが被害者だ」と決め込むパターンがほとんどだった。 そういうわけで、日本人に対してだけでなく、ほとんど東欧諸国やバルト三国、あるいは コーカサスで自分たちの国、ロシアという軍事大国がどういうことをやって、どれだけ甚大な 被害を与え、今もそれを謝罪していないかということなど、本気で真剣に考えるロシア人は 私の見た範囲では皆無に近かった。 日本人が隣国などから、過去から現在に至るまで執拗に謝罪と賠償を求められてきたことを 考えると、信じられない落差である。そしてそのくせ、ロシア人は最近特にプーチン大統領が 梃入れしてから「愛国主義」を標榜することが、ひとつのブームのようなところがあって、 若者ほど「正確な歴史」はほとんど知りもせずに「愛国者」の格好を決め込んでソ連時代を 彷彿とするような、可笑しな何千人もの集団デモをやって「プーチンへの忠誠心」を示したり しているのだ。今年の赤の広場で戦車に乗った青年兵士が一斉に同じ角度に頭を傾けて 作り笑顔をする構図なども、まさにソ連時代と「瓜二つ」で余りにもその様子が不吉なので 目をそむけたくなるくらいであった。 もちろん、かなりの知識人に属するロシア人はこういう傾向を冷めた目で見ていただろう。 しかし、マスコミ自体がかなり政府の統制化に置かれてからというもの、本来あるべき 「知識人の覚めた目」というのは影に潜んでいる。そして、どうも派手なキャンペーンや 見場のいいコマーシャルに乗せられて政治も操られていく時代に入り、「清貧に甘んじる」人々 は表舞台から遠ざかる。海外のマスコミに出てくるのは大富豪の知事だとか、浅はかで 運動神経だけが異常に発達したコルホーズの青年みたいなスポーツ選手だとか、 格好をつけてイッパシの柔道家気取りした大統領だとか、なんだかすべて胡散臭い ロシア人ばかりだ。 おそらく、日本人でも「ソ連時代」がどういうものか、実際に少しでも見聞きしたことのある人なら、 今のロシアの政権のソ連時代と共通した、ある種の「まやかし」と「胡散臭さ」に気付くはずだ。 実はそういう感覚を共有できる人がクレムリンに勤めていたロシア人の中にもいるのだ。 (そういう点では、まだロシア人も捨てたものではない)彼から直接聞いた話によると、 ソ連時代にあれだけ何万人もの人を政治犯とでっち上げて虐殺・投獄・シベリア送りにしてきた 悪名高きKGBが教育してきた詐欺的に人を欺く手法は現在のロシアでも有効であるという。 特に「マスコミを使った洗脳的な宣伝工作」。「洗脳」といっても、そんなに恐ろしげなことをする 場合ばかりではない。 一例を挙げると、プーチンが大統領として地方の貧困を見捨てないキャンペーンを アピールするためにこんなマスコミ工作が行われたという。 「あるロシアの寒村の貧しい家に一人の男の子がいました。その少年はクリスマスプレゼントを 貰ったことがなかったので、プーチン大統領に手紙を書いて、そのことを訴えました。 すると、大統領から直々に返事の手紙とプレゼントが届いたのです! まあ、なんとプーチン大統領は細やかな心遣いができる方なのでしょう!!」 この手の宣伝工作、要するに「まったくの嘘」を美談としてマスコミに でっちあげたものにすぎないらしい。 まあ、レーニンやスターリンのときでも最近では北朝鮮の大将の場合でも頻繁に使われてきた 手なので何も斬新なところはない。まさか、ソ連時代でなくなって、一応表向きだけでも 「資本主義国家」と看板上げて「普通選挙」もやっているはずの国で、「まかりとおる」なんて 思わない素直な人たちには通用する手というわけです。この例に漏れず、多くの誇大宣伝が プーチン大統領の株を「吊り上げ」ていたのは間違いない。そして、そういう偽善を堂々と 取り上げ宣伝してしまって憚らないのが今のロシアのマスコミだ。 さらに、ロシア人が「約束や契約を守らない」というのは有名な話。経験者なら分かると思うが、 小さいことから大きいことまで色々やらかしてくれるので、枚挙に暇がない。 実際にソ連でなくなった今のロシアでも別段その性癖にたいして変化はない。 要するに日常生活の中で、ロシア人同士でも頻繁にそういう約束を守らない状況が起きる ために、裏で賄賂を渡したり、どっかのコネを使ったり、色々と工作しなければお互い安心 できないような社会になってしまっているわけだ。そういう理由以外にも、国家公務員である 医師や警察官、教師、大学教授などの給与が非常に安いことも賄賂や裏金横行の原因と いわれているが、ソ連時代から延々と続いている慣習なのだろう。最近は特に大学や 教育機関での裏口入学や落第を免れるための工作など、非常に問題になっているが 氷山の一角だろう。既に「授業料制」にほぼ完全移行しつつあるモスクワの大学などに 地方の貧しい学生が入るのは至難の業であるという。 要は金がないものは学びに来るなというくらい冷たく貧乏人は門前払いされる社会に なってしまったのだろう。そういう点は共産主義の時代の方が才能がある人間にとっては、 幸せな面もあったのではないかと思えてくる。(授業料もいらず、逆に奨学金を貰いながら 通うのが一般の学生だったのだから) そして、もうひとつ。ロシアでは、たとえ約束した時間に相手のロシア人が来なくても 「怒ってはいけない」。なぜなら彼らの感覚では先に約束していたことより、「もっといい話」が 後から来たら自分に有利な話に乗って、先の約束を黙ってなかったことにしてしまっていいと 思っている。それくらいに道徳観や倫理観が欠如している。気分次第で我侭な自我を 抑制できない人が多く、罪悪感は極めて薄いようだ。悪い人たちではないにせよ、 あまりにこういう例が続くと、いい加減信用できなくなってしまう。 おそらく日本人だけでなく、こういう態度を繰り返すと他の国で「ロシア人」というだけで 嫌がられるようになってしまうのではないかと思う。 もちろん、ロシア人でも不言実行の人もいるので、すべてがそうだとは言わない。 ただ、日本に比べるとあらゆる点で「ドタキャン(直前キャンセル)」を平気でするので 驚かないで最初から想定しておく方がいいくらいだ。 そういう性癖というか、国民性というか、問題点と明らかに分かるような点でも改善されない のに、法秩序などが急にここ数年で改善されるわけもなく、「金を積めば勝つ」あるいは 「権力のある方が勝つ」「バックの強い方が勝つ」裁判が横行中。そんなわけで、滅多にない とは思うが、裁判になって外人がロシアで勝つのはまず難しい。 とにかく、今のロシアは以前に輪をかけて「弱肉強食」の世界となってきており、空気が読める 人にとって実は精神的に「殺伐」としている。それもそのはず、人間一人の価値が明らかに その人が属する階級によって違うほどの格差社会になってきたのもある。 実例を挙げると、権力者の特権階級化による凶悪事件隠滅が続出しているらしい。 公になった事件だけでも、政府の高官や地方自治の長などの関係者が「轢き逃げ殺人」 をして、明らかに物件や目撃者がある場合でも「起訴」もされなかった例がいくつかある。 逆に被害者の家族が訴訟した場合には相手からの「報復」があるので、手も足も出ない状況で 軽い賠償で済ませられたりしているらしい。もちろん、司法も警察も見て見ぬふり。 本当にロシアがここまでの状態に落ちぶれてしまったのは、残念だ。 しかし、逆に「ここまできた」からこそ覚醒されるチャンスもあると思う。ロシア人も決して 愚かな人間ばかりではないのだから、やはり「このまま」の状態が続くのを指を銜えてみている ばかりでもないはずだ。もっとまともな社会にならなくては、益々ロシアの人口は減る一方だし、国民の海外流出も止まらないのではないかと思う。 実際、チェチェン戦争や南方のグルジア共和国との国境対立など、四方にいまだ軍事的な 衝突要因を抱え、常に国内どこかで「戦死者」「負傷者」「爆発」「襲撃」「銃撃戦」などに関する 心の痛む報道が日夜行われている国で、実に逆説的だが「平和」に対して敏感な若者が育ち つつあるのだ。そして彼らの中には日本のアニメや文化に大変な関心を寄せている人も 少なくない。希望としては、その人たちの心にはこれまで「ソ連製戦争英雄映画」ばかり 見せられた世代とは違う感性が育ちつつあること。そして、アニメなどを通して緩い影響力 でも「日本的感性に感化していく」ことによって、彼らの世代のロシアが変化する萌芽を感じる。 また、ロシアの隣国の小さな国々の多くは不本意であっても、エネルギーや軍事的面で 圧倒的に大国が強く依存せざるをえない関係などから、現在も社会的・経済的に不安定な 地域が多く存在する。たとえば、黒海沿岸地域のグルジア、オセアチア、アルメニア、モルドバ など。こういった地域は産業も少なく、むしろソ連時代よりも貧しくなってしまった国も少なくない。そして、そういう国民のほとんどが海外(主にロシア)への出稼ぎで家族を養ったりしている。 こういう国々にこそ、日本が積極的に援助し、友好条約を結び、ロシアに対する依存度を 減らすくらいの産業転換ができるよう協力すべきではないか。 まさに日本にこそ、そういう協力が望まれているのではないかと思う。 さらに、東欧やバルト三国などは第二次世界大戦でソ連から非常に大きな打撃を受けた国が 多いので、日本の北方領土問題などに対しても大方理解を示してくれる可能性が高い。 そういうところの青年を招いて歴史問題研究を進め、親日国との連携を深めていくのは どうだろう。特にポーランド、リトアニア、ラトビア、エストニア辺りは反露的な政治傾向も強く、 国民の意識の中にもしっかりと「過去の残虐行為=ロシア人」という構図が組み込まれている ので味方にしやすいはずだ。仮に資源がなくても、そういう国々とこそ戦略的に外交して 友好国にしていくというのも方法のひとつだろう。 たしかに最近の日本企業のロシアへの進出は目覚しい。だが今のロシアで定着しつつある 「戦後の日本=金で動く国」というイメージは払拭すべき不名誉なものである。 そういう風に日本を見下げるような態度を取らせておけば、慢心の大国は調子に乗って 平気で「騙す、タカル、盗む、殺す、属国にする」今までソ連時代に他所でやってきたことを 復活させないとも限らない。そういう点では、復活軍事国家ロシアを手放しで信用すべきでない。 我々は金でなく、大和民族的な美意識による信義で動く民族であることを相手にはっきりと 示すべき時期にきているのだ。図体ばかり大きい露西亜国の持つ無駄に多い資源や、 まともに統治しきれない領土や、けち臭いチンピラのような恫喝などではびくともしない、 一枚岩の日本人としての団結力と前の代の人々から培われてきた清き心で、 恐れず怯まず立ち向かうべきだ。慢心の大国は必ず墓穴を掘るときがくるだろう日本はそのときを待ちながら周囲を固め、一瞬も逃さずに行動に移すべきだ

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