それにしても、ソ連崩壊後に現れてきた新ロシア人(新しい世代のロシア人、主に裕福階層を指す)の成金趣味というのは、どうにも目に余るものがある。最初のうちは、モスクワで特に目立っていたのはマフィア関係者だとか政治家のドイツ・イタリアなどの高級車だとか派手で悪趣味で機能的でない服装などの趣味であった。あの頃はまだ可愛げもあった。もちろん、やっていることは相当悪かったのか、一見して分かるほど人相の悪いヤクザがうろうろしているくらいで、モスクワ市民には直接害がないといって、それほど気にしてもいなかった。ちょうどプーチン政権になるまではそれくらいのどかなもので、マフィア同士の抗争事件は一般人には無関係という感覚だった。
しかし、今年ガスプロム15周年に呼ばれた歌手を知れば、笑ってしまいたくなる。 なんと今更、ティナターナーとディープパープルをアメリカから呼ぶらしい。多分、ロシア人にしてみれば、金がうなるほどある現在の地位と立場を利用して、これまで散々自分たちを馬鹿にしてきたアメリカ人の歌手を一晩だけの祝宴で歌わせるのは、さぞかし快感だろう。一方、日本人から見れば、これらアメリカ人の歌手が一時よりは本国で人気落ちした二流なのに、それを喜んで招待するロシア人の趣味に驚かせられるのではないか?!
ロシア人でも趣味のいい人はたくさんいるのだが、残念ながら現在の新ロシア人たちで、そういう人は皆無に思える。プーチン大統領だって、自分を魅力的に売り込む戦略には相当金と人材を注ぎ込んでいるだろうが、たかだか元スチュワーデスの奥さんに、「女王様」のようなドレスを着せて、サンクトペテルブルクの記念行事に出してみたりするあたりでもうアウトだ。
そして、その腰ぎんちゃくのような成金実業家ロシア人や多くのサンクトペテルブルク商店主などは、ソ連時代に掲げていたレーニンの肖像画の代わりに、安っぽい油絵の複製をさらに悪い印刷で伸ばしたようなプーチンの肖像か、酷い場合は昔あった「卓上レーニン像」ならぬ「卓上プーチン像」を飾っているそうな。これは地方高級官僚の間で流行だったとか。それでも、まだ任期の切れないプーチンとしては、自分の後釜に据える予定の男のポスターすら、自分の書斎に張るのを断っているとか。
極めつけに悪趣味成金の代表といえば、アブラモービッチとベレゾフスキーだろう。前者は、イギリスのサッカーチーム買収だとか華々しい「お買い物歴」で有名だが、自分のスタジアムで自伝的ストーリーのミュージカルを作るよう、エルトンジョンに依頼したとか。シベリアの果てのトナカイくらいしかいない地方都市の知事の地位を強引に手に入れ、どんなに国家的資源を私物化して稼いだところでちゃんと税金を払っているかどうかも怪しいのに、自社株を政府に法外な価格で売りつけたり、やりたい放題。
ところで同じユダヤ系実業家でも、後者のベレゾフスキーは国政に色気を出したばかりにプーチンから逃れてイギリスに亡命中。しかし金さえあれば、亡命先のイギリスでも手厚く警護してもらって、それほど危なくもないのだろうか?ロシアにいる間には、厚かましくも自分がいかにして「国営自動車工場を乗っ取って金持ちになったか?」という自伝的ストーリーを映画化していた・・・
上記ほどのスケールではないにせよ、日本に来る成金ロシア人もヘリコプターや寿司屋を借り切って、札びらを切ることが「甲斐性」だと思っている馬鹿どもばかりで、益々ロシア人の愚かなる転落ぶりを世に示しているのだ。
なぜ私がここまで新ロシア人をこき下ろすかというと、帝政ロシアの時代などは、たしかに天地の差ほどの階級制度があったかもしれないが、金持ちというのはもっと慈善事業に積極的にお金を出し、病院を作ったり、劇場を建てたり、ロシア国民の文化・芸術的な面で貢献している点が多くあり、貴族階級に限らず、これほど精神的に利己主義的な成金趣味は少なかったように思えるからだ。
もちろん、どんな時代でも色んな人がいるわけで、ロシア人の低い身分や階級の人たちが非常に教養がなく、どうやっても高いレベルに引き上げるのは不可能なくらいに、上流と下層の階級差が悲劇的だったのは事実だ。しかし、まだしも上の階層だとか、それなりに財を成した商人たちには品格というものがあった。それは古い写真を見ても明らかだし、残っている文献、あるいは過去の人々の残した歴史的建造物や芸術を 見ても、その理想の高さを感じることができる。
それと比べると、今のロシアにも富は戻ってきただろうに、あの時代(帝政時代)の文化的に高貴な空気は一切ない。お金を持つ人たちは、持てば持つほど「どけち」になるばかりで、中にホドルコフスキーのように新ロシア人実業家でも慈善事業をしたり、国政に関心を持ったりしてしまうと、シベリア送りの憂き目に遭うくらいのことだから、皆何もしないで、自分たちだけで馬鹿騒ぎしていたいのかもしれない。
色々なロシア革命前後の芸術家の人生を見ていると、危ないと知りながらソ連に残った芸術家たちは、かなりの確率で自殺か死刑かシベリア送りになっており、きわどく逃げ切ったり、事情があって帰らなかった人がなんとか助かっている。レーニンはスターリンほどに酷い独裁者でなかったような印象を持つ方もいらっしゃるだろうが、彼がロシアに戻ってまずやったことは、「国内の知識階級の一番上から100人を無条件で国外追放」だったということである。
その後、革命という名の粛清や略奪によって、貴族階級どころか、商人や富農などに至るまで、まともな生活をしている中産階級はほとんど国外に逃亡したのである。だから、残念ながらソ連時代に残っていたロシア人というのが、ほとんどその他大勢の人々だったともいえる。そして、現在ロシアが一応民主化されても、革命時代に亡命したロシア人が故郷に帰ったという話をなぜか聞くことがほとんどない。多分、彼らは今のロシアの成金趣味が我慢ならないだろうし、明らかに今でもロシアが「危険な国」に変わりないと感じているからではないか。やはり、「成金趣味」に走るということは、つまり自分の精神的あるいは階級的な「卑しさ」を隠したいという潜在的意識が働いているということであって、現代の新ロシア人の罹る重度の精神疾患のひとつといえるだろう。



