第1章 軍人たちの教育システム
第5節 教官に求めるもの
(勇敢を教えよ)
「罪を犯すような人間になるな!」と強調しても教育したことにはならない。犯罪に立ち向かうには"勇気"が必要である。"怒り"ではない。
「犯罪に立ち向かう勇気と行動を持て!」と教育しなければならない。怒りは自分の臆病と無能の産物である。"犯罪に立ち向かう"精神と行動を教えなければ教育とはいえない。
「臆病は邪悪と自己中心主義が発明するものである」(「戦略」ローマ皇帝マウリス、600年) 「貪欲な指導者は国を滅ぼし、外国から侮蔑される」(「戦略論」ローマ皇帝マウリス、600年)マイクロソフトで巨万の富を築いたビル・ゲイツ氏も"恐怖心"は事業決断に重要な役割を果たしたとのべている通りである。彼が言うように
「戦場における本当の敵は銃弾ではなく恐怖心である」(戦争学研究者ロバート・ジャクソン、1804年)戦争では、二度目の失敗を犯す機会はない。たからどうしても
「敵にしてやられかも知れない失敗よりも、自ら犯す失敗を恐れる」(ペリクレス、紀元前432年) 戦場を市場と読みかえればそのままビル・ゲイツ氏の心情を述べている。ビル・ゲイツ氏は毎朝、事業が失敗する恐怖によって目覚めたと述懐している。どうして恐怖を克服すればよいのだろろうか?ここが教育のポイントである。
勇敢な人間になればよいと人は言うかもしれないが、そんなに簡単に勇気のある人間になれるものではない。
「恐怖心は意志を粉砕する。そして目標に対する精神集中を失わせる。恐怖心は危険のバロメーターなのだ。肉体的恐怖は肉体力をつけて克服できるが、精神的恐怖は目標を見詰めることによって克服すべきである」(「戦争学の基礎」フラー少将、1926年)
ここで勇気ある人間を育てるために三人の名言を味わいたい。
「人間、生まれながらにして勇敢な者は少ない。大部分の人たちは規律と教育訓練によって勇者になる」(「ローマの軍事教書」F.V.レナタス,378年)
「恐れを知らぬ資質が勇気の定義なら、余は勇者を見たことがない。すべての人間は恐怖心を持っている。知的な人ほど恐怖心が強い。勇敢な人は恐怖にかかわらず勇気を自分自身に無理強い続ける人である。恐怖の最中にあって規律、誇り、自尊心、自信、栄光を求める心が人を勇者にする」(「私の知る戦争」パットン大将、1947年)
「自制は自尊心の核心であり、自尊心は勇気の核心である」(「ペロポネソス戦史」ツキディデス、紀元前404年)
生まれながらにして勇敢な人は数少ないとなれば、凡人の我々は救われる。しかし、ここに教育の重要性がある。勇敢な国民が多い国は発展することはローマ共和国の発展の歴史が示している。戦略の父と言われるカルタゴの名将ハンニバルによって敗北に次ぐ敗北を重ね、ローマを守るベテラン兵士が底をついたとき、多くの軍事に素人のローマ市民が戦力の回復に死を覚悟して兵士に応募した。
このローマの再挑戦魂は世界軍事史の中で燦然と輝く教訓である。偉大なローマ帝国はこの敗戦の中から立ち上がったときがスタートだと評価して差し支えない。
日本が第二次世界大戦に敗北したからといって国民が腰抜けになっては古代ローマ人から笑われるだろう。そんな根性では、国家はもちろん日本人の尊厳も威信も回復できない。
「戦場は錯誤と失策と臨機応変で充満しているものである」(リッコヴァー米海軍少将の議会証言、1964年)
勇敢であるためには常に自分の心に"勇気"を自分で押し付けていなければならないが、受身の勇敢だけでなく冒険心や侠気(義を見てせざるは勇なきなり)の勇気も必要であるし、神風特攻隊の勇士たちが示した「滅私報国」の勇気はもっと尊い。
「手の平に"勇"と書いて飲み込み、相手に立ち向かえ!」


