連山は智恵(情報)と勇気(行動力)で世の中を変えるための読者参加型サイトです。
名将たちの教育論 5

第1章 軍人たちの教育システム

第5節 教官に求めるもの

(学生の大志を知る)

 アナポリス海軍士官学校における教育の最大の特徴は「艦長としての人格の養成」と「潮っ気の付与」である。

 人間は小さな体躯に"希望""野望""欲望"という大志を一杯に詰め込んでいる。青少年が新しく学校の門をくぐるときに胸一杯に膨らませているものはこの夢の実現に一歩踏み出す喜びである。

 英語の大志(Ambition)の意味は"票を求めて歩き回る"というラテン語から名誉を得ようとする功名心"名声を得ようとすること"とも説明されている。まさに大志なのだ。

 「人間の価値は、彼の大志の価値を超えることはない」(ローマ皇帝マーカス・オーレリウス、紀元170年)

 人間が動物と区別するものは「人間の条件=公正・名誉・博愛」の衣服を心に着用することだから、名将たちは個人的な動物的大志である欲望の追求を許さない。それは"私欲を追うな!"とする騎士道という経験則に反するからである。

 将来、国運を背負う将軍として成長を期待する将校新入生への教官の接触は、一人一人の新入生の大志と資質を発見することから始まる。

 「大志は人間活動の主たる動機である。人間は大志が高まるに伴って能力を高める。しかし、一たび大志をかなえてしまうと人は休息を求める。だから余は部下に絶え間なく夢を与え続けたのだ」(ナポレオン)

 子供は自然に己の力を感じているから、自分の能力に応じた夢を持つ。

 しかし、教師は子弟に、いろいろな夢を紹介しなければならない。紹介する夢はナポレオンが説くように、達成が難しい大きい夢がよい。

「Boys be ambitious!」

(名誉心の付与)

 アメリカの南北戦争において勇名を馳せた南軍の剛将"ストーンウォール(石壁)"ジャクソン中将は1862年、軍人が身に付けなければならない徳操として名誉を第一に挙げている。

「名誉なくして何の人生ぞ! 恥辱は死より悪し」

 日本には"恥の文化"――今日では失われてしまったようだ――があるがアメリカ軍にも名誉を重んずる文化がある。国家にも名誉がある。現在日本の被占領憲法でさえ"国際社会において名誉ある地位を占めたい"と前文に定めている。

 国家の尊厳と威信は独立国家としての"国家の精神的主権"である。それは国家の主権を領土・領海、国民の生命・財産というような唯物的な主権よりも重要として認識することなのである。それは個人が侮辱されると人格を侵害されたと認識することと同じである。

 1801年、コペンハーゲンの海戦において上級指揮官の命令を無視して戦い大勝利を挙げたネルソン提督であったが、蔭で悪口を言う人たちがいると友人が伝えてきた。彼は「戦場で予期しないことが起きたとき、それが命令の枠外であっても余の判断の基準は国家の名誉と栄光であった」(「ヒュー・エリオットへの手紙」ネルソン提督、1804年11月)と答えている。人間の条件としてのもう一つの心の着物である"公正(公明正大)"や"博愛(自己犠牲)"を実行させる力は名誉を重んずる精神である。

 アメリカ南北戦争において"石壁"ジャクソン中将のニック・ネームは第一次ルブラン河の戦闘において敵弾の飛来する中に立ったままの姿勢でジャクソン旅団を指揮し、数的に圧倒的に優勢な北軍を撃退して南軍の勝利に導いたからである。

「死を恐れないのは何故ですか?」

 と聞かれて彼は

「人間の生命なんて勝利の名誉に比べれば軽いものよ。戦死が怖くて恥かしい行動はできない。別に部下に見せようとして立って指揮したわけではない。公明正大に部下部隊を指揮しようとすれば、立つしかなかったのだ」

 だれが見ていようといまいと公明正大を守る将軍の気迫に質問した部下が圧倒された。「兵士は指揮官が名誉を重んじ、恥を知る人か否かを注目している」(キセノフォン、紀元前350年)

 のである。戦場において、将兵が勇気を奮い立たせて敵陣に立ち向かうために激励する究極的な言葉は

「たじろぐな。恥じを知れ!」

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: 名将たちの教育論 5

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://renzan.org/mt-tb.cgi/40

【月別アーカイブ】

【連山携帯サイト】

連山携帯サイトQRコード
携帯アクセス解析


Powered by Movable Type 4.27-ja