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名将たちの教育論 11

第2章 部隊の練成

第2節 団結心の培養

(「ドイツ国民に告ぐ」)

戦前の日本では哲学者フィヒテの「ドイツ国民に告ぐ」が広く識者に愛読された。近代的な国民とは何か、国民文化とは何かについて哲学いることに多くの示唆を与えていたからである。今日でも西欧ではジョン・ロックおよびアダム・スミスならびにマルクス、レーニンを越えているとして愛読されている。――もっともアメリカ人は好まない――

ところが敗戦後、日本人はこの著書を読まなくなった。だが、世界の名将たちは愛読している。それは伝統という歴史的連続が必要な軍隊にとって身に合う着物であるからだろう。

18世紀にキリスト教の新教を国教としたプロシャ(ドイツの前身)は大国に囲まれていた。西にフランス、南にオーストリア帝国、東にロシア、北にスェーデンであった。友邦は西隣の小さなハノーヴァー公国だけである。当時のプロシャの国力は国土面積、人口、経済・産業力、軍事力のいずれをとってもフランスまたはオーストリアの16分の1にも満たなかった。大国に取り囲まれている点では、現在の日本がそっくりである。

 "余は国家・国民の第一の公僕である"を座右の銘とするフレデリック大王は果敢にドイツの統一――それはプロシャの独立と国家の精神的主権である尊厳と威信の確立――を目指して挑戦した。7年戦争である。

 1757年12月のロイテンの戦闘は激闘の年の締めくくりとなるような会戦であった。大王は戦闘前夜に各武将を集めて

「国家の最小単位は"家(戸)"である。諸君が自分の家を大切にするなら今夜のうちに帰国せよ。咎めだてはしない。余とともに"国"に"家"を犠牲する覚悟があるものだけが残ってもらいたい」

 誰一人として席を立たなかった。そこで大王は

「両親のために君と妻子を犠牲にせよ。国家のために両親と妻子を犠牲にして戦え。両親に"孝"、国家に"忠"を尽くせば国家は君の一族に感謝し、両親は君を誇りに思い、妻子は君を尊敬する」(ロイテンの戦闘を前にして将校たちに訓示、1757年12月4日夜)

 フレデリック大王の教育は"公"教育を重視した。その中心は愛国心にほかならない。

兵士は現在の組織に属する一人ではない。彼の背後には家族があり、家族の隣には兄弟があり、さらに背後には先祖から続く一族が居る。指揮官は一人一人の兵士について、その重みを感じなければならない。一人一人が重いのだ。"人は石垣、人は城、情けは味方、仇は敵"である。

「諸君の軍団は先祖代々からの家族と考えよ。単なる家庭ではない。だから自己中心に考えるな! 一族中心に考えよ。一族の中に君の家族が在る。君が戦死すれば妻子は悲しむが、我慢して家族を救え。一族が君の残された妻子を支える」(「軍人のための記録」、ロシア・トルコ戦争の英雄ドラゴミロフ露大将、1890年)

 1806年、ナポレオンはプロシャを占領した。翌年、彼はニーメン河の筏の上でロシア皇帝アレキサンドルおよびプロシャ国王フリードリッヒ・ウイルヘルム三世と会見してチルジット条約を締結した。これでウイルヘルム三世はポーランド大公であることを止め、さらにプロシャはエルベ河以西の国土をフランスに譲渡することになった。

 意気消沈したプロシャ国民に対し、哲学者フィヒテはベルリン・アカデミー講堂においてプロシャ国民に対し『ドイツ国民に告ぐ』と題して14回にわたり講演し、国民の奮起を促した。

 利己主義の行き着く先は自己を見失うことになる。国民は"拡大された自己"を獲得せよ。拡大された自己とは、現在生きている自分だけではなく、先祖から孫子に連なる一族の中の自分を認識することである。国民は欧州人である前にドイツ民族であり、ドイツ民族である前にプロシャ国民である。

 したがって教育はプロシャ国民のための教育であり、ドイツ人のための教育であり、プロシャ国家のための教育でなければならないと国民の団結に資する「公教育」の重要性を訴えた。

明治の日本では国家は「家」制度を国家結合の単位として「戸」籍を定めてきた。家とは祖先から孫子まで連なる血縁の歴史的家族集団である。一方では"郷村"で代表される日本の伝統的な「一揆(地縁的結合)」の思想が血縁的結合よりも優先した。この発想にもとづくインフォーマルな県人会や同窓会などが一つの社会関係として国家社会の秩序を支えてきたのである。フィヒテが暗示しているものは、日本の郷村のような血縁的結合と地縁的結合を合体させ、歴史を積重ねた国家像と政治システムであったように思える。

今日でも一部の大手企業などの組織でみられることであるが、戦前の大学はもちろん企業や官僚組織、軍隊においても県人会が盛んで、休日の夜は県人が集まって励ましあい、胸襟を開いて国家を論じたものである。

日本は伝統的戸籍法がないアメリカの国家概念とはまったく違うのである。日本という国柄は国民個人の人権と国家権力の契約で成立しているのではない。日本はアメリカのように国籍で国家と個人が結ばれているのではなく、国家と家族と個人が戸籍と国籍で結合されている。

欧州においても、国家は"拡大された個人(先祖代々の中の個人)"の集合体と認識する国々と国家は"現存する個人"の集合体と認識する国々が存在している。

日本もまた拡大された個人の集合体であり、地縁的結合の集合体としての国家だから日本における教育は、このような日本の国柄を基礎としたものでなければならない。

 フィヒテが説くように国家の教育は国家・社会の主権の独立と平和、繁栄に寄与するものでなければならない。国家は国際社会における個人の保証者なのだ。

 それに加えて日本の教育では、「家」の尊厳と威信、平和と繁栄にも寄与しなければならない。伝統と家系を重んずる西欧諸国では、それぞれの家庭が「家風と家訓(family tradition and motto)」を持っていて、それを誇っている。そしてそれらは同じ宗教的、歴史的土壌に培われたものである。

 その共通の歴史的経験を持つ集合体が国家なのだ。みんながお互いの家風と家訓を体感できる人たちの集まりと言ってよい。

ところが敗戦によって「先祖代々、親戚・兄弟一同」が力を合わせ、助け合うという思想が戦後の戸籍法によって破壊されたのだ。

今日、日本における教育改革にさまざまな論議が行なわれているが、第一は、フレデリック大王やフィヒテが啓蒙しているように、「拡張された自己の認識」に立つ個人主義である。それは一族を背負っていることである。

そのような個人の集合体である国家は家風と家訓の集合体という国民文化を持つことになる。

第二は、フィヒテが国民団結のために主張した事項から教育改革の核心に寄与すると思われるものを抽出してみると

 (1) 学校は学生・生徒にとって最初の社会秩序を生み出すための「共同社会」にせよ。
 (2) 知育は体育と一体化して教育せよ。頭脳に教えるだけでなく、身体の中に学問を染み込ませよ。
 (3) 教育内容で最も重要なものは"徳育"である。人間の条件を身に付かせよ。

団結はスローガンで得られるものではない。究極的には人間一人一人に対する愛情がなければ達成できない。

「団結精神は人命を守ろうとする高尚な感情を基礎にしている」(「戦車軍団」エルス英少将、1919年)

第2章 部隊の練成

第3節 平時の戦闘:訓練

訓練は平時における戦闘である。指揮官が後方の指揮所で安穏として平時の事務業務を行なっていては戦闘に敗北する。古代ギリシャのスパルタから訓練は国王が現場で自ら指導して工夫した。それは戦術の父と呼ばれるエパミノンダスもマケドニアのフィリップ二世もアレキサンダー大王もすべての世界の名将は訓練を自ら指導している。

「訓練はあらゆる業務に優先する」(「将軍たちへの教書」フレデリック大王)

 陣頭指揮は名将たちの常識である。今日、IT技術が進歩したので、すべての指揮官は携帯式コンピュータを持っていれば、業務全般の情報はすべて即時に現場において入手できるし、命令指示を発令することができる。

指揮官にとって、指揮所に大きい個室の事務室は不要な時代になったのだ。現代の指揮官は歴史の名将と同様に訓練現場において部隊指揮を執ることができるのだ。 「訓練の陣頭に立たない指揮官は、自分の実力を知らない選手と同じだ」(「将軍たちへの教書」フレデリック大王、1747年)  指揮官が訓練現場に立つことが訓練における最大の安全管理であることを忘れてはならない。

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