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チンギス・ハーンの戦闘教義(第二回)

訓練と軍律

 個々のモンゴル騎兵は、当時の世界として最も厳しい訓練を受けた最良の戦士であった。個々の兵士はスパルタの熟練戦士に優る忍耐力、堅忍不抜の敢闘精神、高度な武器操作技術の訓練を受けた。

彼らは幼いころから乗馬訓練を受けていた。草原を避けてゴビ砂漠の厳しい自然環境のもとにおいて訓練された。天候・気象・地形の厳しさに慣らされ、モンゴルを取り巻く諸国の騎兵にとって信じられないような地形踏破力を鍛えられた。

Genghis Khan wikipedia

美食と贅沢は許されなかった。彼らは靭強な身体を有し、作戦間、医療の欠落にものともしない体力と気力を養成された。

各級部隊指揮官は個々の戦闘・戦術能力と戦場における剛勇・指揮能力を基準として選定された。家系、人種、情実、人柄、上司の引き、貧富、平時の行政手腕は一切、指揮官選定の条件に加味されなかった。まさに"常在戦場"の人事であった。

ジンギス・カーンは、武将には

「戦時向きの武将」:自己の個性にもとづいて決断し、危険を求めて挑戦することを喜び、平時にあっては他人としばしば問題を起すが、少なくとも軍隊を弱化させない傾向が強い

「平時向きの武将」:制度と組織にもとづいて決断し、摩擦や危険の回避に巧みであり、平時にあっては円滑な軍隊運営を行なうが、軍隊を弱化させる傾向が強い

の二つの型が存在することを本能的に知っていた。前者は法外で働く"軍令畑"の人材であり、後者は法内で働く"軍政畑"の人材である。その仕分けは活躍する世界の領域が違う。

彼は指揮官として平時から「軍隊を弱くさせない」ことを最大の人事条件とした。それは軍隊の基本的存在理由にもとづく選択にほかならない。

シンギス・カーンは

『戦時向きであり、かつ平時向きであるような武将はこの世に存在しない。なぜなら人間は神ではないからだ』

と耶律楚材に答えたと伝えられている。したがって彼は、平時にあっても戦時向きの武将を指揮官に任命し、平時向きの軍人を前者の起用して部隊管理に専従させた。そして荒武者の戦時向きの指揮官は部隊訓練に専念させた。

各級指揮官はジンギス・カーンが定めた「掟」の範囲内において、自分の指揮する部隊の生殺与奪を含む絶対的権限を行使できた。各級指揮官は、それぞれ上司の指揮官から「掟」にもとづく厳しい厳しい統制と監督を受けた。

上司の指揮官は部下指揮官の保有する絶対的指揮権を犯した場合には、ただちに彼の上司から処罰された。命令に対する絶対的服従と実行の義務が要求され、それが受容された。必然的に指揮は"達成すべき目標の付与"が主たる手段となった。

軍律「掟」は中世のどの地域にも見られない厳しいものであった。今日、ジンギス・カーンの訓練システムについて多くを知ることはできない。しかし、モンゴル軍の騎兵隊、騎兵大隊、騎兵連隊について"基礎となる小部隊戦術"の基本となる「戦場運動(Combat FormationとBattle drill)」の正確な実行能力を推測することができる。このような正確な実行能力は各級指揮官の現場進出と不断の密着した監督と厳しい要求のもとによる反復演練によるしか得られない。

戦場における師団(トーマン)内の各級戦闘単位部隊の相互協同、師団間の相互協同、軍団(Horde)間の相互協同の素晴らしい実績は戦闘、作戦、会戦に先立つ丹精込めた予行演習の成果以外では得られないものであった。

今日、大部隊の戦闘予行の実施は国土がよほど大きくないかぎり実施困難である。戦史の研究と追体験にもとづいて、現実の実戦を模擬できる戦闘シミュレーションの開発が緊急的に必要であろう。

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