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権力の脱中心化(1)情報システム編

近代ヨーロッパにおいて中央集権化された社会システムは、現在、脱中心化されつつある。このトレンドは、1970年代以降の情報化社会においてとりわけ顕著である。知のシステムが脱中心化される思想史的背景を探ろう。

1. 近代哲学における自我による知の統一

古代寒冷期において、ギリシャの哲学者は、アルケー(万物の根源)を求めた。中世寒冷期において、ローマ人とゲルマン民族は多神教を捨てて、一神教であるキリスト教を崇拝した。近代小氷期に起きた科学革命と近代哲学の誕生もまた、知的システムの集権化として特徴付けることができるイノベーションである。

寒冷期には、太陽エネルギーと大気循環が弱くなり、物質的にはエントロピーが捨てにくくなるので、意識システムは、情報エントロピーを捨てることで、これに対応しようとして、知的システムのカタルシスを行う。逆に、温暖期には、太陽エネルギーと大気循環が強くなり、物質的にはエントロピーが捨てやすくなるので、意識システムは、積極的に情報エントロピーを捨てようとはしないので、知的システムの強引な統一は行わない。

中世神学は、知的システムを神の下に統一したが、近代哲学は、結果としては、自我を神の地位にまで高めることとなった。シュペーラー極小期の哲学者、デカルトは、『方法序説』で、確実な真理の第一原理を見出すために、あらゆるものを、神すらをも疑った。

Mais aussitôt après je pris garde que, pendant que je voulais ainsi penser que tout était faux, il fallait nécessairement que moi qui le pensais fusse quelque chose; et remarquant que cette vérité, je pense, donc je suis, était si ferme et si assurée, que toutes les plus extravagantes suppositions des sceptiques n'étaient pas capables de l'ébranler, je jugeai que je pouvais la recevoir sans scrupule pour le premier principe de la philosophie que je cherchais.

しかし、その後ですぐに、私は、このようにすべてを偽りと考えようとしていた間にも、そう考えている「私」は、どうしても何物かでなければならないということに気が付いた。そして、「私は考える、だから私は存在する」というこの真理は、懐疑論者のどんな途方もない想定といえどもそれを揺るがすことはできないほど堅固で確実であることを確認して、私は、これを、自分が探求しつつあった哲学の第一原理として、何の懸念もなく、受け入れることができると判断した。

[René Descartes (1837) Discours de la méthode, partie IV]

デカルトは、不完全な自我ですら存在するのだから、完全な存在である神は存在するはずであるとして、自我の存在から神の存在を導き出した。彼は、さらに、誠実性は完全な存在者の本性であるとして、神の誠実性を媒介にして、外界の知識についての懐疑を否定する。

デカルト以降の近代哲学においては、神はもはや真理の根源的な基礎ではなくなった。レス・コギタンス(res cogitans 思惟する物)としての自我が、神に代わる存在となる。神が唯一の存在であると同様に、自我も唯一の存在となる。なぜなら、他我は自我ほど明確に与えられた存在ではないからだ。

デカルトの哲学には、独我論的傾向があるが、これは、彼の哲学が、ガリレオ以降の自然科学の影響を受けて、機械論的決定論をパラダイムとしていたことと無関係ではない。決定論においては、すべての出来事は必然的であり、必然的であるということは、こうであって他のようにはなりえないということであり、他者性の否定を帰結するからである[永井俊哉:他者は存在するのか]。

カントは、デカルトにおいて曖昧だった、経験的自我と超越論的自我を区別したが、超越論的自我の外部に物自体の存在を想定していた。ヘーゲルは、この疎外態を絶対精神へと止揚し、ここにおいて、人間の知は、神の知の高みにまで登りつめた。ヘーゲルの哲学においては、必然性こそが自由であり、弁証法的論理の展開にもかかわらず、最終的にはディアロークではなくて、モノロークに終わってしまった。

2. ヒエラルキーからリゾームへ

1900年以降、量子力学の登場により、近代科学の世界観だった機械論的決定論が破綻する。不確定性は、主観の認識能力の欠陥に全面的に帰せられる見せ掛けの性質ではなくて、客観の本質的な性格とみなされるようになった。また、哲学における間主観性論や他者論の興隆は、量子力学の多世界解釈の哲学版とみなすことができる [永井俊哉:宇宙は一つしか存在しないのか]。

決定論と独我論という他者性の否定がモダンな哲学の特徴であったとするならば、ポストモダンな哲学は、他者性を復活させる、不確定性と間主観性の哲学であるということができる。ポストモダンの哲学者たちは、自我によるすべての知の究極的な基礎付けを放棄する。自我を頂点とする知のヒエラルキーは、崩壊し、リゾーム化する。

リゾームとは、ドゥルーズとガタリが『千のプラトー』で提起した、求心的なヒエラルキー状のアルブル(木)に対する、脱中心化された地下茎をモデルとした哲学的な概念である。

Résumons les caractères principaux d'un rhizome : à la différence des arbres ou de leurs racines, le rhizome connecte un point quelconque avec un autre point quelconque, et chacun de ses traits ne renvoie pas nécessairement à des traits de même nature, il met en jeu des régimes de signes très différents et même des états de non-signes.

リゾームの主要な性質をまとめよう。木や木の根とは異なり、リゾームは、任意の点と点を結びつけるが、必ずしも同じ特徴のものどうしが結びつくわけではない。リゾームは、非常に異なった記号を、それどころか記号でない状態をも作用させる。

[...]

Contre les systèmes centrés (même polycentrés), à communication hiérarchique et liaisons préétablies, le rhizome est un système acentré, non hiérarchique et non signifiant, sans Général, sans mémoire organisatrice ou automate central, uniquement défini par une circulation d'états.

中心化された(たとえ中心が複数あっても、中心がある)システムとは異なり、また、ヒエラルキー的なコミュニケーションやあらかじめ定められた結びつきとは違って、リゾームは、中心のないシステムであり、ヒエルラルキー的でもシニフィアン的でもなく、普遍的統括者もなく、組織力のある記憶装置も中央制御装置もなく、もっぱら諸状態の循環によって定義される。

[Gilles Deleuze et Félix Guattari (1980) Mille Plateaux, Capitalisme et schizophrénie 2, p.30-31]

千のプラトー』が出版された1980年の時点では、まだインターネットは、その名前も存在もほとんど知られていなかったが、リゾームという概念は、インターネットという新たな形態の情報システムとして具現することとなった。

3. リゾームとしてのインターネット

グーテンベルクの活版印刷術の発明して以来、マスメディアは、その影響力を強め、今日、最も支配的な情報システムとなっている。それ以前に支配的だった口コミが、脱中心化されたメディアであるのに対して、近代になって登場したマスメディアは、情報の生産者/消費者、専門家/素人を中心/周縁として差異化する中央集権的メディアである。これに対して、インターネットは、近代以前のヴァイラルなコミュニケーションを新たな情報技術で復活させた、脱中心化されたメディアであるということができる。

1970年代以降の情報革命は、たんなる技術革新にとどまらず、社会システムの構造全体を、脱中心化することで、大きく変えつつある。ドットコム・バブル崩壊後のウェブの新しい潮流は、ウェブ2.0と呼ばれるが、このソフトウェア開発になぞらえた命名法を敷衍して70年代以降の時代を特徴付けるならば、1970年代は、ウェブ・アルファ、1980年代は、ウェブ・ベータ、1990年代は、ウェブ1.0、2000年代は、ウェブ2.0の時代ということが言える。以下、それぞれの時代における、情報システムの脱中心化の進展を見ていこう。

1970年代

インターネットの前身は、1972年から、米国国防省の高等研究計画局(ARPA)が開発した ARPANET (Advanced Research Projects Agency Network)である。これは、複数のコンピュータをつないで、各コンピュータからパケット通信によりデータを伝送する分散型ネットワークである。このネットワーク化のテストは、ARPA内部で行われた、いうなれば、ネットワークのアルファテストであるので、この段階は、ウェブ・アルファと呼ぶにふさわしい。

1980年代

60年代から70年代にかけて支配的だったコンピュータでは、メインフレームと呼ばれる中央集権的なコンピュータであったが、80年代には、パーソナル・コンピュータが普及するようになり、さらには、パーソナル・コンピュータ同士をネットワーク化するパソコン通信が商業化された。パソコン通信は、インターネットのように開かれたネットワークではなく、特定の会員どうしの閉じたネットワークであったが、民間の一般人がネットワーク化をベータ・テストした時期という意味で、ウェブ・ベータの時代ということができる。

1990年代

World-Wide Web は、CERN(Conseil Européen pour la Recherche Nucléaire)が、1991年に公表し、1993年に無料公開し、90年代後半に爆発的に世界に普及した。パソコン通信では、使用時間ごとに課金していたが、インターネットは定額利用が可能であり、誰もが低コストで情報を世界に配信し、またそれを受け取ることができるようになった。90年代は、インターネットが正式にリリースされた時期であり、ウェブ1.0の時代ということができる。

2000年代

ドットコムバブル崩壊後の新しい潮流として、RSS/Atomの普及を挙げることができる。ウェブ上のコンテンツはデータベース化され、任意のキーワードでアグリゲイトできる。クライアント・コンピュータに代わって、ウェブ・ネットワークがプラットフォーム化し、ウィキ・ソフトを用いて、ネット上で共同編集することもできるようになった。オープン・ソースのソフトウェアの開発も盛んになっている。情報の生産者と消費者の差異は、ますます不明確になっている。

以上、10年単位で区切ったのは、ジュグラーサイクルにしたがって、約10年単位でバブルが崩壊し、不況期に技術革新が起き、好景気の時にそれが広がるからである。もちろん、技術革新が社会システムを変えているのではなくて、社会システムの変革需要に技術革新が追いついているのだが、情報システムの脱中心化というトレンドは、今後も続くだろう。

関連書籍紹介
書名 方法序説
媒体 文庫
著者 デカルト 他
出版社と出版時期 岩波書店, 1997/07
書名 千のプラトー 資本主義と分裂症
媒体 単行本
著者 ジル ドゥルーズ 他
出版社と出版時期 河出書房新社, 1994/09
ルーマン/社会の理論の革命

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