連山は智恵(情報)と勇気(行動力)で世の中を変えるための読者参加型サイトです。
キュロスの教育(8)

第八巻 第一章

キュロスの演説に次いでクリュサンタスが述べた「優れた支配者は、立派な父同様に、善事を見放さず、幸福への助言をして下さる。私達が最善の結果を獲得できる唯一の方法は、司令官に服従する事である。命令を中途半端で放棄せず、常に軍を最強にする事で、私達は勝利とその享受を維持できよう。その為にも王様の命令に従い、役所に集まり、訓練し、自身を必要な時に提供しようではないか」皆がこれに賛同した。こうして、貴族達の宮廷待機や、彼ら自身を王に提供する事が決められ、このように、キュロスは支配権を維持する制度を作った。

キュロスは徴税官、主計官、工事監督官、会計主任、生活必需品担当者、動物担当者など、役職者には有能で信頼の置ける者を配置し、彼らの優秀さが維持向上するよう配慮して、自分を手本にするように仕向け、自らも優れた資質を研鑽した。そして、人材育成や重要な用務をこなす為には、暇を確保する必要があると考え、軍隊の編成に習って国家機構を中央集権化した。この結果、わずかな者と話しをすれば、行政も行き渡り、暇も獲得できた。そしてキュロスは側近達にもこの方法を教えた。

キュロスは、出仕者に徳を示せば彼らもそれに報いると信じた。また、法律によって人は立派になり、優れた支配者は無法者を罰する事ができると考えた。神々へは畏敬を示し毎日犠牲を捧げた。キュロスは、部下達が敬虔深くなるほど、彼らは不正を排除し、正義を重視し、非道な利得を拒み、正道を望むようになると考えた。また、全ての者に恥ずべき言動をとらず謙虚さを示し、素直に服従する者達を最も偉大な功労者達よりも尊重し、自らが節度を守ることを示して、謙虚、服従、節度を皆に身に付けさせた。キュロスは、戦闘と馬術の訓練の為に、兵達を狩猟に連れ出し、自制、苦労、寒暑、空腹、渇きにも彼らを慣れさせた。彼と側近達は厳しい訓練を絶やさなかったので、騎兵の技量が傑出していた。

キュロスは、優れた者達にはあらゆる褒賞で彼らを称賛した。キュロスは支配者が被支配者より凌駕して優れ、被支配者を魅惑すべきだと考えていた。統治関与者には、皆に立派で大きく格好良く思われるよう、メディアの衣装、底上げ靴を着用させ、眼を隅取り、化粧をさせた。政権関与者達には被支配者から尊敬を受けるようにする為、人前で唾を吐かない、鼻をかまない、後ろを振り向かない訓練等をさせた。

奴隷として仕える者達には戦闘訓練や、武器所持を禁止した。行軍の時にも彼らは駄獣と同じ水場に配置し、飲食の欠乏を味わわせないようにした。このように何の抵抗も無く奴隷として生き続けられるよう配慮したので、彼らもキュロスを貴族達と同じように父と呼んだ。

第八巻 第二章

キュロスは「私の愛を認識する者は、私を憎まない」と確信していたので、財貨が充分で無かった頃は、共に苦楽を分かち合う事で友誼を得ようとした。富んでからは、好意を示したい人に、自分の食卓から料理を分けたり、王からの物だと識別できる贈り物をしたりして、栄誉や名声を与えた。またキュロスは小さな功績にも大きく報い、贈り物を多く与える事により、兄弟、父、子どもよりも自分を選ばせるように仕向け、これによって、王の目、王の耳を獲得していった。王は彼らの話しを良く聞いたので、人々は何処に居ても王が傍に居るかのように、王に不都合な言動をするのを恐れるようになった。

kyu44 8-1.jpg

キュロスは富むほどに、財貨を友人達に分配し、彼らからの多くの好意と友誼を獲得した。また、自分が依頼すれば、彼らからいつでも財貨の提供を得られるようにした。これによって、自分一人で財貨を貯めた場合よりも多くの財貨を確保できるようになった。

キュロスは、多くの人々が食糧や必需品を備蓄しているのに、病気時の備えをしていない事を知った。そこでキュロスは優れた医者達を集め、病気や治療を必要な人を見舞っては、医者の診療や薬などの必要な物を全て与えた。

キュロスは互いに競争心を煽るように、様々な競技を催し、褒賞を与えた。しかし、競技や裁定の勝負は相互不和と嫉妬を引き起こし、双方共に相手を除去したいと願うようになった。こうして有力者達は互いにに好意を持つのではなく、キュロスだけに好意を抱くようになった。

第八巻 第三章

キュロスは宮廷から聖域まで壮大な行進を行う準備をした。まず、主要指揮官達に色とりどりのメディア服を与え「私がお前達を着飾らせるように、これらで友人達を着飾らせよ」と言い、聖域に犠牲を捧げに行く事、またその整列はペラウラスが指示する事を伝えた。

キュロスはかつて「各人が功績に応じて名誉を付与されるべき」だと自分に賛成してくれた平民出身のペルシア軍指揮官ペラウラスを呼び「好意を持っている者には最も美しく、悪意を持っている者には最も恐ろしく映る行進」について相談し、二人の意見の一致でそれが決定された。キュロスは行進を明日挙行するようペラウラスに命じ、指揮官達が彼に快く従いやすいように配慮して、槍平隊と騎兵隊と戦車隊の指揮官達への衣装をペラウラスから与えさせた。指揮官達はペラウラスに皮肉を言ったが、衣装を受取ると嫉妬心を忘却し、衣装を非常に喜んだ。

翌朝、宮廷入口前に約4000名、その両側に2000名の槍兵が立ち、ペルシア兵達は道路右側、同盟軍は左側、戦車は半数ずつ両側に配置された。宮廷の入口が開くと、ゼウスとマゴスが指示した神々への犠牲である牡牛が、次いでヘリオスへの馬、それからゼウスに捧げられる馬車、ヘリオスへの馬車、3番目の馬車に続いて竃の火が兵達によって運ばれ、その後ろに冠を被ったキュロスが戦車で登場した。彼を見た全ての者が彼に平伏した。4000名の槍兵がキュロスを先導し、2000名の槍兵が彼の両側に従い、彼の側近である権標捧持者約300名が投槍を構えて騎乗し随行した。黄金で飾られた200頭の馬、2000名の投槍兵、クリュサンタス率いる1万の騎兵隊、ヒュスタスパス率いる1万のペルシア騎兵隊、ダタマス率いる1万の騎兵隊、その後ろにメディア騎兵隊、アルメニア騎兵隊、ヒュルカニア騎兵隊、カドゥシオイ騎兵隊、サカイ騎兵隊、ペルシア軍司令官アルタバタス率いる戦車隊が続いた。

この時、多くの人がキュロスに用件を請願したので、「各自、騎兵隊長に請願ごとを述べるように」と権標捧持者から言い渡させ、特に尊敬されてほしい友人達には「正当な事を求めている請願者の意見は聞き入れよ。私達で相談して彼らの願いを叶えよう」と個別に呼び寄せて言った。

聖域に着くと、ゼウス、次いでヘリオス、そしてガイア、最後にアッシリアを支配した英雄達にそれぞれ犠牲を捧げた。それから、種族ごとに競馬を催した。ペルシア兵ではキュロスが、メディア兵ではキュロスから馬を与えられたアルタバゾスが、アッシリア兵ではガダタス、アルメニア兵ではティグラネス、ヒュルカニア兵では騎兵隊長の息子が勝者となった。圧勝したサカイ兵の勝者にキュロスは、その名馬と王国を交換しないかと申し入れたが、サカイ兵は勇敢な方にこの馬を差し上げると返事した。そこで、キュロスは友の多い場所を示し、サカイ兵が目を閉じてそこへ土塊を投げた。すると、丁度キュロスの命令を伝達しにそこを駆け抜けたペラウラスに当たった。サカイ兵はペラウラスと馬を交換してその場を去った。キュロスは戦車も部隊ごとに競争させ、全ての勝者は、犠牲と宴の為の牛と杯を得た。キュロスはそれで得た杯を、行進を見事に指示したペラウラスに与えた。行進を終えると、兵達は都城の家や宿舎に戻り、食事した。

ペラウラスは馬を与えてくれたサカイ兵を招いて饗応し、キュロスから貰った杯を彼に贈った。彼がペラウラスの裕福さに「幸福なお方だ」と言ったのでペラウラスは「私は、祖国で貧しい暮らしをしていたが、従軍して財貨を得て豊かになった。しかし、多くの財貨を所有する者は、その監視と分配の配慮に膨大な苦労を費やさねばならぬ。財貨の所有は楽しくないが、財貨を失うのは苦痛だ。」と嘆いた。彼は「多くを持ち、多くを消費するのが、幸せだと思う」と答えたので、ペラウラスは「私の全財産を自由に使ってよい代わりにこれらの財産を管理してくれ」と彼に依頼した。双方これに合意し、このサカイ兵はどんどん増えていく多くの財産を支配し管理する事で幸福を得、ペラウラスも財産の配慮から解放されて友人の世話だけが出来るようになり、とても喜んだ。

第八巻 第四章

キュロスも犠牲を捧げ、親友達、メディアのアルタバゾス、アルメニアのティグラネス、ヒュルカニアの騎兵隊長、ゴブリュアスを招いて宴を開いた。キュロスの信頼厚いガダタスは宦官達を指揮し、宴の時も同席せずに常に彼らの世話をした。食事の席は、策略の攻撃に晒されやすい自分の左手側に一番尊重する者を、右手側に二番目の者を、左手側に三番目の者を、という順で着席させ、キュロスからの評価を皆に明示し、競争心を煽り、優れた功労者ほど、キュロスから多くの財貨を得た。

キュロスは美味な食べ物を手に入れると、必ず側に居る者と一緒に食べたり、友人達にも送ったりした。ゴブリュアスは、宴で残った料理をキュロスが多くの人に送ったのを見て賛嘆した「我が君は、司令官の才能よりも、人間愛の方で人々を凌いでおられる」。

皆で食後の酒を飲んでいる時、ヒュスタスパスがキュロスに尋ねた「何故、クリュサンタスが自分より名誉ある席に着いているのでしょうか?」キュロスは答えた「クリュサンタスは、私達の為に良いと判断した事は命じていなくても行い、常に適切な助言をしてくれ、同盟軍へも、私から言い難い意見を自分の意見として示し、他にも、一切の物事について常に私の幸せを考慮してくれている」。ヒュスタスパスはこの言葉に納得した。それから、キュロスは、ヒュスタスパスがゴブリュアスの娘に求婚するよう仕向け、その縁談を纏め、多くの贈り物を与えた。ヒュスタスパスはそれをゴブリュアスの娘に贈った。キュロスはクリュサンタスを抱き寄せ接吻した。ティグラネスには遠征を共にした妻の為に女性用装身具を、アルタバゾスに金の酒杯を、ヒュルカニア王には馬などを与え、宴会が終わった。

kyu45 8-2.jpg

翌日、故郷へ帰る者達に多くの物を与え、彼らを送り返し、留まる者達には土地と住居を与えた。キュロスは優れた功労者達にはより抜きの物を与え、残りを「配下達に功績に応じて分配するように」連隊長達に渡し、最終的には班長達が自分の部下達を調査して財貨を分け与えたので、全員が正当な分け前を受けた。兵達は語った「こんなに多くを頂けるのだから、王様はもっと多くを持っているに違いない」「王様は与えられるのをお喜びになられるから、多くを持っていないよ」キュロスはそれを知ると友人達や主要指揮官達を集め「財産を明らかにして志操の高尚さを競うのが、誠実な人間のする事だ」と言ってそれらを示し「これらは全て、私自身の消費や浪費の為の物では無い。私は、優れた功労者や必要とする者達に与えるために、これらを集めている」と述べた。

第八巻 第五章

キュロスは、バビュロンの状況が良くなったので、ペルシアへ行軍する事を決めた。キュロスの軍は、秩序正しく迅速に陣営を設置することが出来た。キュロスの天幕は東に向けて張られ、パン職人達は右手側、料理人達は左手側、馬を右手側、駄獣を左手側と決め、その他も、場所と形状から各々が自分の場所を見分けられるようにした。

陣を引き払う時は、各人が荷物を纏め、輜重兵が駄獣にその荷物を載せた。こうして一つの天幕を撤収する時間で全天幕を撤収した。荷物を解くのも同様に、料理においても分業を行い、時間の短縮を図った。

キュロスは、戦いを有利に導く機会は非常に短時間であり、各人が準備の為にそれに乗り遅れて皆が大損害を被らないようにする為、常に必要な物が何処にあるのかを把握させようと、整頓する習慣に配慮した。

陣営内では、キュロスは最も安全な陣営の中央の場所を占めた。その周りに最も信頼している者を、続いて騎兵達と御者達を円形に配置し、その左右が軽装歩兵、前後が弓兵の場所で、大盾を持った重装歩兵が彼らの周りを城砦のように取り囲み、重装歩兵と軽装歩兵と弓兵達は隊伍を組んだまま眠った。このようにしてキュロスは敵襲に備えた。

全指揮官は各自の天幕に印をつけており、伝令達もそれに熟知していたので、彼らは最短距離で目的の指揮官達にキュロスの命令を伝えることが出来た。

メディアに着くと、キュロスはキュアクサレスを訪ねた。キュアクサレスはキュロスからの贈り物を受取ると、自分の娘と結婚するように言い、メディアの国を持参金とした。キュロスはこれに、父母の承諾を得たら申し出を受ける、と答えた。

ペルシア国境に着くと、軍隊を残し、多くの犠牲獣と贈り物を携えて友人達と共に都城に入った。カンビュセスはキュロスからの物を受け取ると、長老と行政官達を集めてキュロスの業績を述べ「キュロスを王位継承者にする」と公言し、キュロスには「ペルシアが攻められた時や、法の廃止を企てる者がおれば、ペルシアを救援するよう」、長老と行政官達には「キュロスを権力の座から追い落とそうとする者が居れば彼を援護するよう」相互に神々を証人として協定を結ばせた。

ペルシアを発ち、メディアに着くと、父母の許可を得ていたので、キュアクサレスの娘と結婚した。

第八巻 第六章

キュロスはバビュロンに到着すると、主要な部下達を集め「城砦の守備兵や守備隊長達には、城砦を守備する以外は何もしないように命じてある。だから、他の者達を太守に派遣し、住民の統轄、税の徴収、守備兵達への給料を支払わせる等をしてもらう。太守には、その土地での家と土地と召使達を与える」と、離反者をすぐ罰せれるよう守備隊を王の配下にしたままにして、太守を希望する者達を募り、その中から適任者を選び、兵力を与え「翌年遠征する。兵士、武器、馬、戦車を提示する用意をしておくように」と命令し、任地に派遣した。

kyu46 8-3.jpg

キュロスは毎年、諸領地に巡察者とその軍隊を送った。巡察者は、太守が救援を求めていたら助け、太守が仕事を等閑していたらそれを正させ、そうしない者は王に報告した。

キュロスは、馬が1日で疾走し得る距離毎に駅停を設け、昼夜問わず、書類を馬と運び手によるリレーによって運ばせ、諸領地の状況を速く知り、速く対処する事をした。

翌年、キュロスは軍隊をバビュロンに召集した。騎兵12万、鎌戦車2000台、歩兵60万の戦力で遠征し、シリアの国境外からインド洋までの間の全種族と、エジプトを征服した。東のインド洋、北の黒海、西のキュプロスとエジプト、南のエチオピアが、国境となり、全種族、全ての都城がキュロスに忠実な態度を示した。キュロスは春の気候を好み、冬はバビュロンで7ヶ月、春はスサで3ヶ月、真夏はメディアの首都エクバタナで2ヶ月を過ごした。

第八巻 第七章

キュロスは老齢になり、ペルシアに戻った。彼の統治下では7度目である。キュロスは慣習通り犠牲を捧げ、ペルシア合唱隊の先頭に立ち、全ての者に贈り物を与えた。

キュロスは、夢のお告げで人生の終わりが迫っているのを知ると、山の高みで、ゼウス、ヘリオス、全ての神々に供犠を捧げて祈った「神々からの配慮が認識出来た事、自分が謙虚で有り続けられた事に感謝致します。家族と友人達に幸運を、自分には相応しい人生の終末を与えて下さい」。

宮殿に戻って横になると、食欲も無く、飲み物を飲むだけで、翌々日には息子達、友人達、ペルシアの行政官達を呼び集めた。「私はもうすぐ死ぬ。私の人生は幸運だった。常に立派な成果を享受し続け、求めたものは全て手に入った。友人達を幸せにし、敵対者を隷属させ、今は勢力ある祖国を残す。将来苦しい経験をするのではないかという恐怖が、私を自制させた。愛する息子達よ、祖国の慣習と法(第一巻参照)を受け入れ、カンビュセスが王位を継げ。そして信頼すべき友人達を好意によって得て王位を守れ。タナオクサレスはメディアとアルメニアとカドゥシオイの太守に任命する。カンビュセスに心から奉仕し、その益を享受せよ。息子達よ、兄弟の絆の恩恵に基づいて事業を構築しろ。兄弟間の不正は全ての人々からの信用を失う。神々を畏敬し、互いに尊敬しあい、人々に敬意を示せ。味方に親切にすれば、敵を懲罰できるのだ。私が死んだら出来るだけ早く、美と生命を生み出す大地に返してくれ。私の墓に人々を集めて、私が如何なる災厄も受けない状態に居るのを、共に喜んでくれ。来てくれた者達には習慣通りに恩恵を施して帰らせよ」。このように遺言を述べたキュロスは、息子達と友人達に右手を差し伸べ、別れを告げて、この世を去った。

第八巻 第8章

キュロスの意思一つで統治されていた巨大な王国は、彼の死によって急激に悪化した。兄弟は争い、諸都城、諸種族は離反した。家族を裏切ってでもペルシア王の為に有利な行いをする者が最大の栄誉で報われ、大罪者達だけではなく善人をも捕縛して財貨の支払を強要したりした。ペルシア人達の不敬や不正が知れ渡り、国民達は彼らを信用しなくなった。アルタクセルクセス王と廷臣達は酒に溺れ、彼らは狩猟や鍛錬する者達を憎んだ。各種競技や教育も廃れた。裁判も金次第で勝利が得られ、子どもらもそれを知り正義を失った。毒殺も多発した。ペルシア人は、飽食に走り、酒杯の数を自慢し、虚弱になって寒暑にも耐えられなくなった。戦の時は、酌人、浴室係、化粧係などを騎兵にし、鎌戦車も突入前に御者が落下するか飛び降りるので、無人化した鎌戦車が味方に損害を齎す事も多かった。ペルシア人は、ギリシア人の援助無しには戦争をしなくなった。 【完】

kyu46 8-4.jpg
文献:キュロスの教育 (西洋古典叢書)
遠隔教育・遠隔学習で集合知を学びたい人は「秋月便り」を購読してください。(当月無料、購読処理へ)
人気ブログランキングへ

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: キュロスの教育(8)

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://renzan.org/mt-tb.cgi/321

【月別アーカイブ】

【連山携帯サイト】

連山携帯サイトQRコード
携帯アクセス解析


Powered by Movable Type 4.27-ja