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数理科学からみたインフルエンザの脅威(1)

■理数系からみたインフルエンザ報道に関する疑問

昨2008年末、政府が新型インフルエンザ等の大流行を想定した対策委員会を発足したという報道や、2009年初頭にプレワクチン3000万本接種の優先順位についての報道、先週末の東京町田市の病院での集団感染、また、タミフル耐性を有するAソ連型ウィルスの報道など、続々とインフルエンザの脅威についての報道がなされています。当『連山改』(http://renzan.org/akitsuki/post-74.html)や関連ブログ(http://omohituki.blogspot.com/2009/01/blog-post_24.html )でもインフルエンザに関連した情報を流しています。

こうした伝染病についての情報は、死亡者数、致死率、耐性ウィルスの増加などのセンセーショナルなものや、遺伝子形態がH5N1型などの鳥インフルエンザに関する報道が主で、伝染病の伝播についての数理的側面に関するものはあまり見かけません。

こうした報道に接するに際して、色々な疑問が湧いてきます。

(1) 「大流行」とか「パンデミック」とか言うけれど、それってどういうこと?

(2) ワクチンが3000万本というのは、多いの?少ないの? ワクチンによる集団予防接種はどの程度の人が行えば有効なの?

(3) 町田の病院で不幸にも発生してしまった「集団感染」は、患者および職員含めて800人近い人員がいた大病院にしては最終的な罹患者数を抑え込めたと見るのか、それとも、年末の初動が適切でなくて罹患者数が異常に多いと見るのか、どのように考えたらよいの?

(4) 耐性ウィルスの発生や新型インフルエンザに対しては、実際のところどうしたら有効なの?

と云った諸疑問です。こうした数々の疑問に、伝染病の伝播についての数理モデルから合理的な所見が導けないだろうかと思ったのが、そもそも、本ブログ執筆のきっかけでした。

筆者は通信用ハードウェアの実用化研究所に勤務している者ですが、医療関連の専門的情報や疫学に関する文献が身近にあるという環境ではありません。そこで、いろいろ伝染病の伝播に関する数理モデルをインターネットで探ると、奈良女子大学大域情報学(http://gi.ics.nara-wu.ac.jp/~takasu/lecture/global08.html)の高須夫悟講座で、解説記事というか講義用プレゼン資料と演習問題を発見しました(http://gi.ics.nara-wu.ac.jp/~takasu/lecture/global/H20-global-8.pdf)。

高須教授の講義資料は、非常に要領を得た、簡潔で判りやすく、かつ重要情報満載の資料ですので、詳細は判らなくても、とにかく覗いてみられる、ことを強くお勧めします。さらに、腕に自身のある向きは、是非、紙と鉛筆、あとはPCを準備して、ご自身で取り組んで見られるとなおよいでしょう。

では、上記講座では何が解説されているのか?数理的観点から簡単に申しますと、さまざまな初期条件のもとで、伝染病の伝播をモデル化した非線形微分方程式がどのように振舞うかをアイソクライン(平衡線)法で解析したものです。と書くと、こうした分野に馴染みのない方々には、無味乾燥で味気のない世界と写るかもしれません。しかし、『連山』に集まる理工系に馴染みのある面々には、ちょっと想像力を働かせると、図表や数式から、見えないものが見え、意義深い情報がいろいろと引き出せるものと思います。

■伝染病の数理モデル―Kermack&McKendrickモデル

早速、伝染病の数理モデルについて解説してゆきたいと思います。

上で紹介した講義資料で高須教授が講義されていることは、伝染病について、細菌学ないし病理学的側面を一切捨象し、感受性人数S(問題とする伝染病に感染可能者の数)と感染人数I(他人への感染力を有する感染源保有者の数)と隔離人数R(感染後死亡もしく免疫を獲得した人)の要素集団にわけて数理的にモデル化して、決定論的な(非線形)微分方程式を立て、さまざまな初期条件のもとにおける解の行方を解析することです。といっても判りにくいでしょうから、すこし噛み砕いて解題してみたいと思います。

伝染病では、感染したヒトが非感染者に病気を移し、さらに移されたヒトが、第三のヒト、第四のヒトへと伝えることが伝染病の伝播として注目すべき過程です。こうした伝染病の流行過程を数理的に表したモデルが、1927年に提唱され、現在でも(その発展型や亜種模型も含めて)有効と考えられているKermackとMcKendrickの数理モデルです。その基本には、伝染病に対して次の仮定が前提としてあります。すなわち、「疫病の伝染は、なによりもまず、未感染者の数、および感染源保有者との接触率に依存する」という考えです。この考えの検証としては、流行性伝染病の発生に際して、しばしば、(例えば、患者を隔離するなどの)物理的な意味での接触を断つこと(他にも、マスクをしたり、うがい、消毒、手洗い等によってウイルスの侵入を抑制することも含みます)が、大規模な流行を防止するのに有効であることを指摘すれば充分でしょう。

非感染者(Susceptible)は、自分自身が感染していない、かつ、他の非感染者に病気を伝染させない、という点で、感染者(Infective, Infected)とは区別されますが、一旦病気に感染してしまうと、その個体としての病状が終息するまでは、感染者として振舞うことになります。つまり、N人からなる集団において、非感染者から感染者に変わることで、非感染者の人数は減り、感染者の数は増えます。一方、伝染病に感染した人は、隔離されるか、数日の療養によって病気から治って免疫獲得するか、あるいは(最悪)死亡するかによって、他の非感染者に病気を伝染させる能力を失います。この伝染能力を失った元感染者を、考察する伝染病伝播の対象集団からは「除かれた人」という意味で、慣用的に「隔離者(Recovered, Removed, Removal)」と呼んでいるようです。

病気の伝播を表すKermack & McKendrickの数理モデルは、時刻tで、ある伝染病に未感染の人の数S(t)、伝染病に感染し、しかも感染力を有している人の数I(t)、伝染病に感染したがもはや感染力を失った人の数R(t)の増減の様子を次のように表しました。


dS/dt = -βSI

dI/dt = βSI-γI                (1)

dR/dt = γI

式(1)の第1式の左辺は、未感染者の数の減少率(dS/dt)が、[未感染者数; S]×[感染者数; I]で与えられることを主張しています。ここで、パラメータβは、未感染の人が、感染者と1対1で接している時の「感染率」と解釈できます。第2の式は、感染者の増加率(dI/dt)が、上記の[未感染者数; S]×[感染者数; I]で増加する一方で、一定の除去率γで感染者が減少していくことを示しています。γIは、大まかには、感染者が治癒して免疫を獲得する速度と見ることもできます。治癒は、感染者の周りに、治癒した人が大勢いるかどうかにも、他の感染者がいるかどうかにも関係なく、自分自身が治るか否かだけに拠っています。第3の式は、この伝染病からは全く関係なくなった人数の増加率が、感染者が治癒して免疫を獲得する速度で与えられることを示しています。つまり、Rに分類された人々は、他人に病気を移さず、Iからも感染しないので、SやIに戻ることやSやIの増減に影響を与えることもなくなります。

今回を含め、上記奈良女子大の講義資料に基づいて数回にわたり伝染病の数理モデルおよびそこから導かれる様々な帰結について、連載してゆくことにします。

 今回は、数理モデルの基本となる非線形連立微分方程式のご紹介と、その意味付けについて解説しました。次回は、その数値解とその結果の意味するところについて解説する予定です。

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