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混沌の生き方

カオスとフラクタル

日本だけでなく、世界が混沌(カオス)化しています。このカオスは相似性がありその相似性のある集合をフラクタルといいます。一度、フラクタルに落ちれば脱出はかなりの加速度を必要とします。

社会情勢におけるカオスとは戦国時代です。

  • 富裕層・・・豊かな物資に恵まれた大名の取る道は籠城戦 小田原城の後北条氏
  • 知識層・・・最新の智識に恵まれた大名の取る道は遠距離戦 織田信長の鉄砲隊
  • 貧困層・・・物資にも恵まれず智識にも恵まれない大名の取る道は白兵戦 武田の騎馬隊

激動の時代に貧困者が何もせずにいれば生活はますます貧しくなります。理由は産業革命は革命であり、革命の目的は時代に相応しくない存在を抹消することだからです。ロシア革命も、フランス革命も、毛沢東の文化大革命もそうでした。

日本の戦国時代には多くの大名が淘汰されました。その中でも戦国大名として名を轟かせた各大名には特徴がありました。それぞれ持てる優位性を活かして戦ったのです。
関八州に覇を唱えた後北条氏は籠城戦略を取りました。当時の日本で最も石高が大きかった武蔵を中心に食糧(兵糧)を有効に使った戦略です。この戦略は圧倒的な経済力を持つ豊臣秀吉以外には破られることがありませんでした。豊臣秀吉は経済力で勝るが故に籠城戦で後北条を破ったのです。

智識人は圧倒的な最新鋭の武器を駆使します。織田信長はいち早く上洛し国際交易都市である堺を押さえました。キリスト教の宣教師を保護して彼らの持つ西洋の最新智識を有効に活用しました。特に力を発揮したのが鉄砲や大砲などの火器です。これらは他の大名が真似る事ができませんでした。特に当時の日本は火薬の材料である硝石はほとんど輸入に頼っていました。この交易ルートを最大限に活かした織田信長とその後継者である豊臣秀吉が天下人となったのは必然的な事でした。

海に面せず国際的な交易ルートを持たなかった武田家は騎馬隊を使った白兵戦を得意としていました。富裕層である北条軍や智識層である織田軍は石橋を叩いて渡る戦略が取れました。しかし、武田の領地は今で言う山梨県や長野県です。山間地であまり米も取れず南蛮人が来るような国際港もありませんでした。その為に武田軍は勇気と体力を基盤とした遭遇戦や奇襲を得意としました。彼らが戦国大名として生き残ったのは石橋を叩かなかったからです。もし、彼らが北条軍や織田軍と同じ戦い方をしていればすぐに滅亡したでしょう。

統計力学を無視して戦えば待っているのは滅亡です。大日本帝国もそれで滅亡しました。日中戦争で敗北を認めていれば小難ですみました。薩摩は薩英戦争で勇戦し大難を小難にしました。

選択に窮した時はより困難な道を選ぶ人間が最終的には勝利します。

第二次世界大戦でイギリスを勝利させた英国宰相曰く
"金を失うのは小さく、名誉を失うのは大きい。しかし、勇気を失うことはすべてを失う。"<ウィンストン・チャーチル>

これから日本は大混乱します。しかし、情報機器の性能向上とその普及は加速します。情報世界の住民はその資本財(後北条)、その智識ネット(織田)、その勇気実績(武田)で運営されます。誰もが小さな後北条であり、誰もが小さな織田であり、誰もが小さな武田です。織田家にも籠城戦が得意な武将もいれば白兵戦が得意な武将がいまいた。必要なのは自分の得意技を理解しそれを活用できる事です。武田が籠城戦を選べば飢え死にし、北条が火力戦を選択すれば撃ち負けます。人々は混乱した現実世界から情報世界での話し合いに活路を見出します。そして、その生存率は上昇し死亡率は低下します。現実世界のシステムは鎌倉時代や江戸時代の朝廷のように形骸化します。官位はあってもそれは実体は伴いません。日本にはその二重システムの歴史があるのが幸いです。聞く耳がある人間には上記内容は理解できるし簡単に実行できるからです。


追いつめられた人:停戦拒否、世論が後押し=9割超がガザ軍事作戦支持−「壊滅」に恐怖・イスラエル(時事通信)

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