ブルーノア型量子コンピューター
「火天の城」という映画は安土の山を丸ごと城塞化すること挑んだ宮大工の話である。人間、どんなに頑張っても、何時かは必ず死ぬ。その人生において一瞬の煌めきを生み出す事ができるかどうかの違いである。安土城の築城を命じたのは織田信長であるが総棟梁は宮大工の岡部又右衛門である。彼を支えたのはその家族と一門である。それぞれが、それぞれの役割を演じた。"大名は大名なりの暑さかな"という言葉が有る。エアコンのない昔、身分の高い人間は暑い日にも裸になりにくかった。地位が高いければ高いほど、頭が良ければ良いほど、それなりの辛さがあるものである。ブルーノア型の量子コンピューターの稼動には一定数の高いレベルの感応力者がいる。ランダウアーの原理(記憶の消去のような非可逆な計算に原理的なエントロピーの増加が伴う)により、情報を失わないような可逆な計算により散逸を抑える間だけ、つまり、この一瞬の煌めきで相転移(phase transition,炭素文明から水素文明への移行)を成功させなければならない。青の王が生きている間なら記憶の消去に伴うエントロピーの増大を止めることができる。逆に青の王が死ねば記憶の消去が発生しエントロピーが増大する。一度、相転移を安定化(秩序化)すれば再び元には戻れないだろう。与えられた束の間の時、人類5000年の文明史も、クライマックスを迎えつつある。阿部一族 (SPコミックス) 文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (上)
文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (下)



