滋賀の戦い Party of Water from Shiga

本日は滋賀県の市会議員の先生(ここではA先生と記載させていただきます。)にお会いして、現在の日本の政治状況とA先生が市会議員をされている市町村の状況についてお話いただきました。
「今の政治家は市民、県民としっかりと向き合って政治をされている方は非常に少ないのが現状です。市民、県民のためにというよりは、自分の給与を増やしたいとか、地位を高くしたいということで議会でも活動されるている先生もたくさんおられるというヒドイ状況です。私たち政治家は、子供たちの未来のために、何をすればよいのかということを考えて行動しなければいけないのに・・・」とA先生。
峯山政宏後援会に入会していただける方を募集しています。年会費は3,000円です。小口の寄付金も大歓迎です。後援会の入会者の皆さんだけの情報提供も随時考えております。ご興味のある方は下記までご連絡ください。よろしくお願いいたします。
既に滋賀の戦いは始まっています。東京で行われた対談22の成功により、数多くの激励メールが届き始めました。このペースが維持されるなら日本は変わるでしょう。変えようとする意思が働くところに変化は発生します。一つ一つは小さくてもその積み重ねが時代を動かします。定量計算的に既に勝利は確定です。後述しますので知的な内容を欲する人は読んで下さい。情報社会は悪事、万里を走りますが、善事は永遠に記録され継承されます。父性が必要な時代です。たった3000円の月の小遣いから250円を出せば、それは本当に偉大な事であると子供に話すことができます。月収300万円の人がだす25万円と同じ道義的意味があります。我々が知る限り、貧困層は政治的な寄付をしません。良い候補者がいないというのは自分に良い友人や知人がいないという事です。それは自分自身を映し出す鏡です。類は友を呼びます。広い世界の交友関係の限界が自分自身の道徳と行動力を写します。自分は良い女だが良い男がいないと嘆く女性は、自分自身が良い女ではないという事です。ライオン雄はライオンの雌と、羊の牡は羊の牝とくっつくのです。情報社会は悪事が拡散する速度が増しました。しかし、善事が広がる速度も同じです。現在の友を作り(現在意識の共有)、そして、それを記録(未来への継承)します。それが想いの複製と継承です。
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関連コラム:滋賀と水の党 Party of water from Shiga
現在の友、そして、未来の友
まず、連山の読者は厳しく見積もっても10月 2006年から10月 2008年の2年で12.21倍、ゆるく見積もって16.94倍に増加しました。ビジネス政治分野のリーダーを養成する士官学校のメルマガ(無料登録はクリック)も2008年11月に始まり既に330人ですから今月中に1000人は突破するでしょう。少なく見積もっても来年中には1万人を超えます。人々の傾向を見ると、景気が悪くなったり、大きな危機イベントが発生した時に、アクセス数が激増する傾向が強くあります。財政赤字と高齢化、エネルギー枯渇は深刻化します。つまり、危機イベントの確率は更に上昇しています。よって戦略としてはこうなります。
- 意思を実際に行動する(情報公開)
- 現在の友=共感者を得る(共有化)
- 後継者への委譲(共有情報の継承)
上記を見れば解りますが太陽光のようにネットの力は分散しています。しかし、優しい光である太陽光でさえも太陽炉(凹レンズ)を使えば3000度の高温化が可能です。人々は土地や資産、教育水準によって千差万別です。太陽炉は太陽の動きに合わせて角度調整という制御が必要です。人間社会も、立場によって遠隔教育(智識実験)から政治団体(生活向上)に至るまで欲する内容が千差万別です。しかし、長い時間線を作れば必ず接点が集まり、そこに集約化をかけることが可能となります。つまり、今回は峯山政宏氏が捨て石となり日本の中央に陣を張っています。このペースで応援メールや応援者が集えば中央陣地は海外知的部隊の合流まで持久できるでしょう。しかし、そのペースが低下して維持が不可能となった場合は、その想いを後継者に繋ぐ事が可能となります。花は必ず枯れますが種を残せば次のチャンスでチェンジする事が可能となります。これが絶対不敗の法則です。
まだ20代の青年である峯山政宏氏は捨て石覚悟で滋賀で政治団体を創りました。これは沖縄戦の慰霊碑で英霊の意思を受け継いだからです。若さには特権があります。周囲には無謀と見える事でもそこに正義があれば後の人々は尊敬します。特に彼の後輩は希望を持ちます。一流大学をでながらもツマラナイ仕事をしながら酒とパチスロとキャバクラの毎日を送りメタボな体で年を取ればその人間は既に死んでいます。誰も尊敬しないし誰も継承しようと思わないからです。
(関連サイト:峯山政宏代表とひめゆり学徒隊の学生さんの想い)
海外で無実の罪で投獄され、世界の真実を知った峯山政宏氏はリーダー研修を砂漠の牢獄で受けました。これからリーダーが大量に必要となります。戦争論で有名なクラウゼヴィッツは「人間には生まれながらのリーダー(勇者)と経験によるリーダー(勇者)の2つがある」と言っています。
関連コラム:私はリーダーは天性のものではなく、教育によって量産が可能であると考えています。兵隊よりも士官になろう
クラウゼヴィッツ曰く
"戦略の領域にまで広げ、肉眼ではみえないもろもろの事象を洞察する心眼(精神的眼光)の持ち主こそリーダーの資質"
リーダーは果断でなければならない!
羽柴秀吉は浅井長政と朝倉義景によって挟撃された織田軍本隊を救うため、自ら殿軍を志願した。峯山政宏氏は国境を越える智識人が日本に影響力を発揮するまで日本本土で捨て石となる政治団体を設立しその代表となることを志願した。危機において日本は常に歴史的にこのような似た現象が発揮される。(例 沖縄戦の捨て石部隊や神風特攻隊)
- リーダーは博識な研究家である必要はないしまた政治学者である必要も無い
- 生っかじりな学問は有害である
- 卓越したリーダーには該博な智識を學ぶには不適当な境遇にいた人が多い
- 高度な政治情勢に通じていた方が良い
- 人間通である必要なない
- 実践的な智識に長じていること!
リーダーに必要なのは勇気と勇敢であり、実際の行動である。人心を鼓舞し、切迫するリスクに動ずることのないこの高貴な気魄がリーダーシップの神髄である。大和魂は日本精神の大黒柱である。
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最後に、「勇気には2種類ある。一つは戦士が個人的なリスクにあえて目を瞑る勇気。いま一つは自分自身の行動に対して責任を負う勇気である。上級指揮官になるに従い、決断力を失う者がある。恐ろしさが判ってくるからだ。それぞれの立場によって勇気のベクトルは違う。その違いを判る事が大切なのだ。」
アイザック・ニュートン 「宗教を持たないで科学を持つ事は、最大の不幸である。」




